自他や場所を問わずこんな風に絡まれるのは好んでおらず、それだけに同じような場面で同じ行動をとったことも、これまでの人生の中ではもちろん少なからずあっただろう。だが今回ばかりはそんな経験のどれとも動機が違う。レオンは未だ黒煙をたなびかせる銃口を軽く吹くと、愛銃をベルトへ納めながら倒れた相手へ歩み寄った。

「……次は狙わず撃つぜ。あんたもバッヂをつけてるならもっとましな死に場所を見つけな」

 地面に転がり呻く男の右手には一筋血が流れ、足元に落ちた銃の周りに紅い滴りを描いていく。そのすぐ傍に落ちた帽子には見事な風穴が空いており、古びた準保安官のバッヂを襟元にあしらった彼を、心底恐怖させたのは敢えて言わずともそちらの方だった。銃声は1発だけでも、そこから放たれた弾はそれ以上の数だったということは、未だ酔いの残る頭であっても理解せざるを得ないだろう。こんな速さで銃を撃てるだけでも驚嘆に値するのに、レオンはかくも正確なコントロールで相手を無力化した。そんな彼が狙いを定めずただ撃つことを目的とすれば、6発の弾の全ては敵の身体を貫いていくはずだ。
 昔は西の町で追い剥ぎの真似に手を染めていた男は、かつて1度だけ同じ撃ち方をする者を見たことがあった。その男は自分自身だけを唯一無二のものだと信じ、手下にさえ躊躇せず銃を向ける残忍さは底知れない。狂気と紙一重の純粋な悪に魅力よりもなお勝る、身体の芯から凍りつくような恐れを抱いたあの日から、1度は彼に傅いた男はこんなところまで逃げ伸びて、一介の小悪党として余生を送る道を選んだのだ。同じ早撃ちであってももし相対したのがその男なら、回りくどい威嚇などするはずもなく命を奪っただろう。右手の代わりに心臓を、帽子の代わりに眉間を撃ち抜いてなお息絶えた骸へと、“死神”と呼ばれた男は弾の雨を浴びせたに違いない。

「お……俺が悪かった。もう手は出さねえ、これでいいか?」

 打って変わって怯えた声でそう言う男にため息をつき、レオンは悠々と踵を返し2人の待つ酒場へ向かう――道すがら1度振り向いて警告を発するのを忘れずに。

「拾ったそいつで背中に1発ってつもりなら言っておくが、俺はこうしてあんたを見ずとも弾くらい叩き込めるんだぜ」
「!」

 汚い手段をも先読みされて意気消沈した酔漢は、もごもごと悪態を吐きながらも逃げるようにその場を去った。それと入れ違いに酒場からはクライヴが破顔して飛び出し、用心棒が掲げた右手を小気味良い音と共に叩く。

「流石じゃねえか、ブラッドリー。あんたやっぱり大した奴だ」
「あの男の腕が俺より上じゃなかったってだけの話さ。なあそうだろう、お姫さん?」

 ストローハットのつばを上げつつ黒髪の男が尋ねれば、戸口に出ていた娘は潤んだ眸をごまかし頷いた。レオンの身が無事で良かった、彼女の胸はただその想いだけでいっぱいに占められている。きっと勝つと信じていても、銃の音を聞く瞬間には息が止まりそうになったものだ。そんな恐ろしさの後にやって来る喜びは一層深く、それを顔に出さないように抑えておくのは酷く難しい。

「あんな奴に勝手なことを言わせておかなくってもいいんだぜ。俺はあんたの代わりにこいつを使うために雇われてるんだ」

 そう言いながら腰に下げた短銃を示した男の胸は、どんな時もシャンティを護りたいという望みであふれている。家族同然の牧童たちより更に近しい者になりたい、その根源的な欲求は日が経つ毎に強くなっていた。
 アラステアの脅迫に耐え続ける日々を送っていたならば、周りの者が傷つくことを彼女が恐れるのも当然だ。だからこそレオンは常に勝ち続けて証明せねばならない。必ず生き残りその傍を離れない証を立てぬ限り、シャンティは決して本心から彼を頼ろうとしないだろう。何より用心棒として雇われたならば力を発揮し、この旅の同行者として値する男と認められたい。
 かと言って闇雲に銃を抜くつもりなど更々ないのだが、理不尽に抗うための手段に触れぬつもりもまたなかった。もはやレオンの得物は他の3人のカウボーイは元より、想い人を傷つける相手へと火を吹くためにあるのだから。

「……どうもありがとうございます、ミスター・ブラッドリー。でも私のためであればこんな危ないことはしないでください。前にも言ったように、あなたの身にも危険が及ぶ時は……」

 シャンティは複雑な心境で用心棒に礼を告げるが、隣でそれを聞いていたクライヴの不思議そうな顔に気づき、慌てて口を閉ざすと不自然にならないように目を逸らした。旅立つ前、前金を渡した時の会話を彼は知らない。レオンに対していざという時は逃げてほしいと言ったことは、血気盛んな兄代わりには話さぬままの方がいいだろう。だがクライヴが妹分の様子を不審に思う間もなく、帽子を取って汗を拭った用心棒は笑って答えた。

「絡まれたのがあんたじゃなくとも俺は同じことをしたはずだ。何も今回が例外ってわけじゃない、だから気になさんな。傷つけられるのは目に見えるところだけとは限らないんでね」
「……!」

 だから臆することなく頼ってほしいという意味のその言葉。レオンはそんな淡い期待を込めながら口にした一言が、全く逆の意味に受け取られたとは思いもしなかっただろう。ほんの一瞬貼り付けたように強張った娘の表情は、誰にも気づかれないうちにいつもと同じものへと戻ったが、彼女が特別なわけではないと告げられたに等しいそれは、小さくとも確実な衝撃をその胸に与えていたのだ。

“ミスター・ブラッドリーは強いだけじゃなくて優しい人でしょう? だからあの日だって逃げられたのに私たちを護ってくれた。それが私じゃなくてもきっと同じようにしていたはずだって、そんなことは最初からはっきりわかっていたじゃないの、シャンティ”

 受けた恩義には義理堅く、虐げられている者をそのままにしてはおけない彼ならば、誰のためでも悪漢に立ち向かうことを躊躇はしないだろう。そういうところに他の何より強く惹かれているというのに、1度生まれてしまった浅ましい願いが消え去ることはない。レオンにとって他の誰とも違うからこそ傍にいてほしい、それは契約で繋がっているだけの身には無縁の望みだ。例えフォートヴィルに辿り着き他人同士に戻る日が来ても、その場で娘に危険が迫れば彼は助けてくれるだろう。だがそれは相手が“シャンティだから”という理由ではあり得ない……。

「さあ、そろそろ外に出ようぜ。2人も待ちくたびれてるだろ」

 負けたならず者の横暴な振る舞いは目に余っていたのか、住民たちも外に出てきてはレオンに感謝を伝えている。さりとて町の外で待つ2人にも銃声は聞こえたはずで、多少足を休めた牛たちがまた歩みを進める間に、何が起こったのかを彼らにも説明する必要があった。
 用心棒に促された若者たちは町を後にしたが、その間にも娘の胸中は安堵や不安、喜び、そして切なさが入り混じっては靄のように晴れない影を落とす。

“何も期待をしないってこんなにも難しいことだったのね”

 再び馬上に戻った彼女の口からはため息が零れ、照りつける真夏の太陽も顔を晴れさせるには至らない。意志とは無関係に育っていく恋心に道理はないが、望めば望むほど別れの日に負うであろう傷は深くなる。そんなことはできるはずがないと自分自身でわかっていても、シャンティはなお自らの想いを押し込めずにいられなかった。