2人が結ばれた夜が明け、本来ならばまだベッドの中で触れ合っていてもいい頃だ。しかしカウボーイの朝は早く、更にこの関係を明かせないという特殊な事情もあれば、何事もなかったかのように振る舞うことは難しくもない。
 ……レオンはそう思っていた。3組の目がじっとこちらを見つめる事態に陥るまでは。

「おい……話が全く見えん。落ち着いてもう1度言ってくれ」
「ですからミスター・ブラッドリー、私に銃の扱いを教えていただくことはできませんか」

 ランスバックという土地柄、家畜は多少割高だったが街のランチへと預けてある。それ故に用心棒が朝食を摂りに降りてきた時には、既に他の3人も身支度を終えそこで食事をしていた。シャンティがこちらに気づき柔らかく微笑んでくれたのを見て、前夜の甘い思い出が蘇り彼の喉も小さく鳴る。だが普段と違う他の2人の様子に気づくよりも早く、彼女はいつもと同じようにレオンと朝の挨拶を交わし、そのまま今しがた耳にしたものと同じ言葉を告げたのだ。晴天の霹靂のようなそれに目を覆わずにはいられない。

「お姫さん、一体どうしたんだ? あんたの親父さんが銃は持つなと言ってたと俺は聞いたぜ」

 荒野を渡るつもりなら武器の1つも下げさせた方がいい、かつては彼もシャンティについてそう思っていたこともあった。しかし旅の中で他の牧童たちが言っていた話では、彼女の父ライアンは妻子に銃の恐さを常々語り、そういった道具を持たせることを殊更嫌っていたという。銃器を使えば女子供でも容易に相手に勝ち得るが、1度引き金を引けば人を傷つけ、命を奪うものだ。彼は愛する家族からそんなものを遠ざけたかったのだろう。代わりにライアン自身は常にサリーとシャンティを護るため、不測の事態に備えてあらゆる手段を尽くしていたはずで、今となってはレオンもその親心が痛いほどよくわかる。
 自分が彼女の銃になる――どんなことからも護るために。

「はい。ですが今はもうその頃の事情とは違っています、父もきっと許して――」
「いや、俺はそうは思わんね」

 一気に飲み干したコーヒーのカップを手荒にテーブルに置き、黒い髪の男は凄むように愛する女を睨めつける。

「ここまで来ておいそれと銃を渡せば親父さんも浮かばれん。それにあんたは俺が護ると言った、信用できないのか?」

 彼のそんな表情には大の男も恐れを抱くだろう。だがシャンティは眉1つ動かさずにレオンを見つめ返すと、むしろ相手を宥めようとするような穏やかな声で言った。

「あなたのことは信じています。でもこれは私の問題なんです」
「……!」

 “私には銃が必要なんです”――迷いもなくそう続けられ、用心棒は思わず彼女を怒鳴りつけてしまいそうになる。信じているなら疑わず、レオンに全て任せてほしい。例えその命と引き換えにせねばならぬ事態になろうとも、必ずシャンティを護るという誓いは嘘ではないのだから。

「――っなあ、あんたたちもこの頑固なお姫さんに諭してやれよ!」

 想いの丈を人前で明かして説得するわけにもいかず、彼は隣で物言わぬ2人の牧童に助けを求める。それでもその時レオンがいつものように冷静であれたなら、そんなことは既にされていたと気づかぬはずもなかっただろう。

「もう諦めろ、ブラッドリー。お嬢が一旦こうなっちまったら誰にも止められねえんだ」
「な――」

 言い聞かせるように呟いたテッドは大きなため息をつき、ぎょっとした顔の用心棒に苦笑いをしながら続ける。

「俺たちはもうお嬢に言い聞かせるのに疲れちまったんだよ。ちょうどここはランスバックだ、お嬢に見合った銃の1つや2つその辺で見つかるだろ」
「ちょうど馬車の後輪が1つ回りが悪くなってきてたしな。昼までには直るだろうが、あんたそれまでシャンティと一緒に店を回ってやってくれよ」

 クライヴはまだ納得いかない様子を滲ませていたものの、頑として譲らない彼女には敢えて関わりたくなさそうだ。シャンティの性格上頻繁にというわけではないだろうが、きっとこれまでにもこんな風に拗れたことがあったのだろう。
 援軍2人に裏切られてしまいレオンは窮地に立たされ、思いつく限りのあらゆる理由を並べ立てて反対する。それでも密かな恋人は決して首を縦に振ることなく、彼が必死になればなるほど涼しい顔のままで動じない。

「……だめだ」
「ミスター・ブラッドリー」
「だめだ!」

 ついに説得の言葉も尽き、ぎりぎりと歯を噛み締めながらレオンは両手の拳を握る。テッドとクライヴはそんな彼を哀れんだ目で眺めていたが、シャンティだけは形見の指輪を手離した時と同じように、静かな強さを湛えた眸でじっと相手を見つめていた。

“とんでもねえじゃじゃ馬だ……どうしちまったってんだ、一体”

 ここで目を逸らしたら負けだ。とは言えいつまでもこうして押し問答するわけにもいかない。レオンの眉間に刻まれた皺はますます深まるばかりだが、彼はしばしの後に1度目を閉じると大きく息を吐いた。再び開かれた眸は鋭い視線で彼女を射抜くも、それを受けて立つ相手への愛はついに唇を開かせる。

「……条件が3つある。それを全部飲むと約束できるんなら銃を探してやるよ」

 苦渋の譲歩を告げるのは地を這うような低い唸り声だ。それはこの言葉が本意とは違うとはっきり示していたが、シャンティは昨夜と同じ甘い色を両の眸に宿すと、こちらが見惚れてしまうほど鮮やかな笑顔を浮かべ答えた。

「わかりました。お願いします」

 ――そして表の通りに人の姿も多くなってきた時間、レオンは不機嫌なことを隠しもせずに立ち上がり外へ出る。すぐ後ろを懸命についてくる女などいないかのように、宿を出てだいぶ経っても2人の間に会話はまるでない。

「あの……レオン、私」
「最初に言っておくがな。俺は腹を立ててるんだぜ、シャンティ」

 無言の重圧に耐えきれず彼女が恋人を呼び止めると、レオンはようやく立ち止まり勢いよくシャンティを振り向いた。初めて愛を交わした翌日の会話にしては無粋なれど、指を突きつけながら彼女に強い口調で詰め寄ってしまう。飲めない話を飲み、折れた以上はその理由が知りたい。信念を曲げるだけの意味があったと納得できる理由が。

「お前、何で突然こんなことを言いだしたりしたんだ?」

 そう尋ねる彼の声は打って変わり切ない響きを纏う。頑なに反対したのは何も抑えつけたいわけではなく、シャンティを無用な危険から遠ざけて護りたいからなのだ。

「……それよりまずは3つの条件を教えてくれますか?」

 だが彼女はあくまでもまだそれを答えるつもりはないらしい。レオンは眉間の皺を一層深くして相手を見つめたが、シャンティの頑固さに肩を竦めると静かに口を開いた。

「まずは“銃は俺が選ぶこと”。そして次は“選ばれた銃に文句を言わないこと”だ」
「そんな――」
「嫌か? 嫌ならやめてもいいぜ。ただお前が勝手に粗悪品を高値で売りつけられようと、俺はもちろん一切手は貸さんからお前もそのつもりでな」
「……っ!」

 意地が悪いと言われればその通りだと返すつもりでいたが、どうやら彼女はこんな場面では自分を抑えられるらしい。言いたいことはあるのだろうがぐっと唇を噛み締めた後、シャンティは困ったように彼を見上げ小さな声で尋ねる。

「……最後の1つは?」

 それは最初から決まっていた。否、このためにわざわざ残りの2つを捻り出したのだ。しかし芝居の種明かしは最後に伝えなければ意味がない。

「銃が見つかったら教えてやる」

 1軒目の武器屋の扉を押し開けつつそう告げたレオンに、目を丸くした恋人は今度こそ何も言えず閉口した。