それから数日の間に小さな集落を1つ越えると、一行は故郷とどこか似た雰囲気を持つ町にやって来た。南の空に薄っすらと見え始めている小高い山々は、ランスバックとはまた違う鉱山地帯の始まりを示し、4人の目指す街はもうその先にあることを教えてくれる。
 しかし住民たちの顔にはどこか疲れたような陰があり、旅人たちへの態度も拒絶とまではいかないがよそよそしい。それが数日来付近で見かけていた狼の足跡や、他所者であることだけに由来しない雰囲気はあったのだが、町で1軒だけの宿でようやくその理由は判明した。

「――メイフィールド?」
「はい?」

 宿泊者の台帳に記されたシャンティの名前を見るなり、女主人は顔色を変えて薄汚れたメモを取り出すと、震える手でその紙片を差し出しながら目を通すように言う。

「……!」

 それを開いた瞬間に牧場主は表情を強張らせ、周りの男たちはすぐさま紙切れの主に思い至った。

「貸せ!」

 シャンティからメモを取り上げたクライヴの顔が怒りで染まり、その様子だけで内容などもはや言わずとも想像がつく。だがテッドの手を経て敵のメッセージが回ってきた時ほど、レオンが牧場でかけた情けを悔いたことはなかっただろう。

『ようシャンティ、遅かったな。フォートヴィルの手前で待つ――A・バロウズ』

 癖のある字で簡潔に書かれたアラステアからの伝言は、無事に目的地へ辿り着くという淡い期待を打ち砕く。その男が女牧場主の身柄を欲している限り、立ちはだかる彼を倒さず先に進むことは不可能なのだ。ここからフォートヴィルまでの間のどこかで相手は待っている。今度こそ娘を手に入れ、用心棒を葬る時を。

「もう10日くらい前だけど、悪党共がこの町に来てね。幸い死人は出なかったけど商品をごっそり奪ってさ。それでうちにシャンティ・メイフィールドって女が来たか聞いたの。来てないって言ったら必ず来るはずだからこれを渡せって」

 そう言った宿屋の女将は恐ろしさのあまりか目を伏せたが、その悪漢がもし残虐な本性を現していたならば、今頃真新しい墓石がいくつも建てられていただろう。アラステアはシャンティを手に入れる時を心待ちにしていて、次に彼女に触れればもう2度と離さぬつもりでいるはずだ。邪魔者を排除するためなら何の躊躇もなく銃を放ち、今度こそ娘の周りは他人の血であふれるに違いない。
 クライヴは奥歯を噛み締め、シャンティは言葉なく俯き、レオンは厳しい顔のまま眉を顰め唇を引き結ぶ。どんよりと重苦しい空気が宿の入り口に立ち込めるが、それを振り払ったのは緑の目を細めた眼鏡の男だ。

「なあ女将、そんな恐え思いさせちまって悪かったな。でも俺たちもあいつらにゃ迷惑してるんだ、仲間じゃねえ。明日の朝には発つからよ、今夜だけでも泊めてくれねえか?」
「まあこっちも商売だからねえ。じきに陽も暮れるし、何も泊まるなとまでは言わないけど」
「決まりだ! なら2部屋頼む。俺とクライヴは狼の見張りをしとかなきゃならねえからな」
「はいよ。じゃあさっそく部屋の方へ荷物を置いたらどうだい」

 こんな時、テッドの巧みな話術はその真価を発揮する。嫌な記憶を思い出させるくらいなら町を立ち去るべきか、女牧場主は後ろめたさからそう考えたものだが、彼のおかげで一晩を明かせることは素直に嬉しかった。仲間に助けられているからこそ自分が今ここにいられる、その温かさと優しさ、心強さは何にも変えられない。
 荷物を部屋に預けた後、4人は急ぎ牛馬の元へ戻り世話と夕食を済ませた。レオンは最後に自身の愛馬の蹄の手入れをしていたが、テッドはその隣を通りすがりざまにぼそりとこう呟く。

「しかし赤ずきんの護衛は他ならぬ狼その人ってか。洒落にならねえよな、全く」

 スチール缶を手にした用心棒は思わず顔を上げたが、カウボーイは振り返りもせず夜番の準備に戻っていった。シャンティとの関係をレオンに直接問い質したあの夜、テッドは彼女が自ら打ち明けてくれる日を待つと言ったが、なかなかその機会が訪れないのはやはり焦れるものらしい。かと言って敵の脅威が現実に迫ってこようと言う今、仲間内で唯一アラステアと渡り合えるだろう相手を、シャンティから引き離すわけにはいかないとわかっているのだろう。

“狼か……だが赤ずきんに惚れ込んじまった狼だ。長い銃を背負った猟師野郎にあいつを渡すくらいなら、この場で舌を噛み切って死んだ方がましだと思うほどにな”

 レオンは同僚の複雑な胸中を慮りはしたが、本気で愛した女の前では何事も彼を止められない。遠くで手を振るクライヴにシャンティも手を振り返した後で、今夜役目のない2人は肩を並べて町の宿へ戻る。恋人同士でありながら口数は自然と少なくなるが、それが安らぎを伴わないのは彼女の眸の陰故だ。シャンティを付け狙う他の男がその顔を曇らせている、想いを通じ合わせた身としてはそれに苛立たぬわけもない。そんな彼女の不安など今すぐ抱きしめて拭い去りたいが、レオンの理性は冷静に今必要なことを示していた。そしてそれを無視できるほど彼も危険に疎いわけではない――特に、危険極まりない相手を敵に回している時は。

「なあ、着いたはいいがどうせお前も寝る気にはなれんだろう?」
「えっ?」
「シャンティ、ちょっと付き合いな」

 割り当てられた部屋の前で、自室の扉を開きながらレオンは顎先で中を示す。シャンティはほんの少しだけ困惑している様子を見せたが、あのメモを見た後でまだ独りにはなりたくなかったのだろう。小さく頷いた恋人の肩を抱き寄せて部屋に入ると、黒髪の年長者は音を立てぬよう静かにドアを閉めた。

「さて、せっかく2人きりだ。やりたいことはいろいろあるが――」
「!」
「まずはこいつを渡してもらう」

 おもむろにシャンティを抱き上げたレオンはベッドへと向かったが、そのまま口づけたい思いをぐっと堪えて彼女を下ろすと、腰のベルトに下げられた美しい銀の短銃を手に取る。いよいよこの中に弾を込めてやらねばならぬ時が来たのだ。これから先の旅の中で何があっても後悔しないよう、現時点で考え得る限りの最善手を打っておかねば。

「お前はベッドに座ってな。眠くなったら寝ててもいいぜ」

 彼はシャンティの額に1つキスを落とすと椅子に腰かけ、自前の道具箱から工具を取り出して弾倉を外した。慣れた手つきで塵を除き、少量ずつ紙に包まれた火薬を流し込んで弾を詰め、手際よくかつ慎重に新しい雷管を取り付けていく。その作業を弾の数すなわち6回分繰り返した後、雷管同士の間に掘られた溝に撃鉄がはまるよう、シリンダーをネジ止めすれば戦いの前の準備は終わりだ。レオンほどの男ならこの程度のことは日常茶飯事で、ものの数分とかからず全てをやってのけてしまえるのだが、それを見つめるシャンティが自分でも同じ作業をしたならば、とても10分やそこらでは半分も終わらないに違いない。
 次に彼は自らの銃を取り出すと丁寧に弾を抜き、火薬の煤1つ残さないように小さなブラシで払うと、弾倉を何度か手で回して違和感がないかを確かめる。愛銃を手早く分解してはいくつか部品を交換し、ネジを締め、あるいは緩め、ずっとそうしてきたように常に撃つための手入れを怠らない。ランプの光に照らされたレオンの顔は真剣そのもので、栗色の髪の娘はそんな男から目を離せずにいた。