押し広げられるような感覚は快感を伴うばかりで、もはやそこには一欠片たりとも痛みなどは存在しない。ぬかるんだ秘溝に挿入されたレオンのものは酷く硬く、下腹部が圧迫されてしまいそうなほどに大きく感じる。見つめ合う2人が指を絡めて再び唇を交わせば、鳶色の眸を縁取る睫毛は幸福の涙で濡れた。

「あ、ぁあ……っん……!」

 抑えきれないシャンティの艶めいた声が示しているように、初めこそ緩やかだった動きは徐々に勢いを増していく。彼を確かに愛している――例えこれが別れの日の前に許された最後の逢瀬でも、魂が絶えず紡ぎ出す想いには誰も嘘などつけない。肌と肌とが触れ合う場所の全てで愛するレオンを感じ、自らの心に永遠に消えない存在を刻みつける。誰よりも深く恋い慕い想いを馳せたただ1人のことを、この先どんな道を辿ろうと決して忘れはしないように。

「くそっ……シャンティ、どうしてお前は……お前は、こんなに」

 短く息を乱し、熱に浮かされたように言った男の、たまらなく官能的な表情に彼女ははっと息を呑む。帽子を目深に被り、鋭い眼光で敵を射抜くレオンの姿しか知らなかった頃は、彼のこんな目を見る日が来るなどとは夢にも思わなかった。濃厚なキスを交わす前に唇をなぞっていく舌先、汗ばんだ額に張り付く髪をさっとかき上げる長い指。一糸纏わず抱き合う時にだけレオンが不意に見せてくれる、そんなさりげない仕草の全てを娘は深く愛していた。

『いつかあんたに話しただろう、ずっと探しているものがあると。それを見つけることができるかもしれんのさ……あんたといるとな』

 アレンカードの宿の廊下、大輪の花が咲き乱れる庭へと通じているポーチから、漂う芳しい夜気の香りをシャンティはまだ覚えている。かつて彼は額に口づける前そんな話をしていたが、果たしてレオンはもう“それ”を手に入れることができたのだろうか。
 彼が何かを求める素振りを日頃から露わにしないのは、つまり何もかもを既に持っているからなのだと思っていた。それでもレオンが必死になって手を伸ばすものがあるのならば、彼女はいつだってどんな協力をも惜しむことはないだろう。荒野を旅する運命に生まれた彼をなお惹きつけるもの、そんな男の生きる意味を指し示す手がかりとなり得るもの。長い間ずっと探しているというそれがどんなものなのか、娘の人生経験程度ではとても想像がつかない。
 ――だがもしそれが自分であれたら。時が来れば舞台を降りていくその他大勢としてではなく、彼の物語に欠かせない役割を持っている者として、シャンティ・メイフィールドたる存在を必要としてくれたなら。荒野の一匹狼にして伝説的なロデオの乗り手、早撃ちの名手でありながら才能あふれるカウボーイの腕をも持ち合わせている用心棒、そんなレオン・ブラッドリーという人物の生涯を彩り、支え、共に泣き、笑い、どこまでも同じ道を歩いていくただ1人の相手として。

「あぁ……っ!」

 まだこの時間を終わらせたくないと心から願っていても、身体は最後の時を迎えようとその準備を始めている。シャンティは無意識のうちに両脚を恋人の腰に絡め、自身の最も深い場所へレオンの楔を導いていた。もっと彼を感じていたい――2人の間に芽生えた想いは単なる旅の同行者に対するそれを超えたものだったと、こうして肌を重ねることにも意味があったのだと確かめたい。この恋に全てを賭して駆け抜けた日々は無駄ではなかったと。

「レオン、愛してる」

 貪るような口づけの雨に息を切らせて応える合間、心を占めるただ1つの感情のままにシャンティは言った。

「愛しているの、あなたを……!」
「――っ!」

 その瞬間、黒い眸には言葉にならない想いが満ちる。

「あ……!」

 レオンはもはや我慢できないとばかりに恋人をかき抱き、彼女の腰を抱え上げると自身で奥深くまで穿った。繋がった場所が泡立つほど激しく抜き挿しを繰り返され、高まり続ける快感に少しだけ不安を覚えはするが、その先に待っている遥かな世界を知ってしまった今では、それに身を委ね昇り詰めることをもう恐いとは思わない。
 もはやお互いに言葉など交わすような余裕などないものの、早まっていく律動に娘は果てる時が近いと悟る。一緒にそこへ辿り着きたいという願いを叶えんとしてか、いつしか2人の呼吸はぴったりと合わさり、そして――。

「……っ!!」

 悲しみはいつか癒える。それでもこの歓びはいつまでも消えることなく永遠とわに心に残る……荒野に生きた娘の魂が天に召されるその時まで。

「シャンティ……大丈夫か?」

 ゆっくりと繋がりを解いたレオンが横に寝そべって尋ねる。うら若き恋人はふわふわとした感覚のまま頷くと、目を閉じて彼の大きな手が自身の髪を撫でるに任せた。

「お前があまりにも快かったんで激しくやりすぎちまったんだ。がっつく気はなかったんだが、途中で加減を忘れちまった」
「レオンったら……そんなこと」
「何だ、嘘だと思ってるのか? 俺がもっと若けりゃ朝までお前を寝かさずしてるんだがな」

 頬に触れられながら囁き声で交わされる会話は甘く、まだ火照りの消えない肌にはレオンの温もりが残っている。しかし光が眩しいほど影もまた色濃く焼き付くように、忍び寄る寂しさから目を逸らし続けていることはできない。こんなにも素晴らしい時間は終わったという事実を思えば、今日この日までの思い出が胸の中をいっぱいに駆け巡り、彼女の目には抗いきれぬ涙が無性に込み上げてくる。例え彼と別れてからどれだけの時間を過ごしたところで、魂を満たす想いを捨て去ることなどできはしないだろう。全てを捧げてもいいと誓えるほど深くほど愛しているのだ――レオンが好きでたまらない。
 2人は触れるだけの口づけを交わすと身を清め服を着る。均整の取れた彼の身体が再びシャツの下に隠され、シャンティは固唾を飲んで夢の終わる様子を見守っていた。もう自分がレオンの肌を目にする機会は2度とないのだろう。彼は好意という単語以上の想いを見せてくれていたし、だからこそ抱いてくれたということには娘とて異論はない。けれどその生き方や運命を変えるほどには至らなかった、2人が一緒にいられない理由はただそれだけのことなのだ。
 世の誰もが実らぬ恋の1つや2つ経験するという。それが事実ならこの胸の痛みにも慣れる日が来るのだろう。そうでなければ人生という時間は途方もなく長すぎて、もう1度愛し合える相手ともめぐり逢えなくなってしまう。“この次”のことなど今はまだとても考えられないとしても、人は皆そうやって自身を奮い立たせるしかないのだから。

「お前は俺が護る。必ずだ……何があっても」

 彼女の背を抱き寄せたレオンはその唇を優しく重ね、深くも甘いキスで恋人同士の逢瀬の終わりを告げる。名残惜しげに離された身体はドアへ向かい歩いていくが、去り際に振り向いた彼は切なげに目を細めて囁いた。

「シャンティ、また明日な」

 静かに部屋の扉が閉まり、娘は再び独りに戻る。“また明日”――当たり前のようにそう言い合えた日々はなんと幸福なものだったのだろうか。これからフォートヴィルまでにあと何回その言葉を聞けるのか、恐らくそれは彼女の両手の指の数よりもなお少ない。

“……レオン……”

 立ち尽くすシャンティの頬を一筋の涙が伝って落ちる。その手で閉めた鍵の音はがちりと重々しく耳に届き、自身の胸の奥底にも同じように響いていた気がした。