「フォートヴィルでひと段落したら申し込むつもりだったんだが……生きてもう1度お前の顔を見たらこれしか出てこなかった。雰囲気がないのは許せよ、あの場で言わずに場所を移すだけで精一杯だったんでな」

 相手が何か話していてもシャンティには届いていなかった。聞こえた言葉は彼女にとってそれほどまでに衝撃的で、ささやかな会話の予想など遥かに超えてしまっていたのだ。決して口にしてはくれないと最初から諦めていた愛、そして望むべくもないものだと目を背け続けていた未来。その2つを同時に差し出され驚かぬ者がいるだろうか。都合の良すぎる夢でも見ているのではと疑ってしまうが、もしそうだとすれば始まりは一体いつからだったのだろう。レオンが勝った時から? 彼と想いが通じ合った時から? それとも2人が故郷の牧場で偶然出逢った時から……?

「……シャンティ?」

 黙りこくるシャンティの様子をさすがにおかしく思ったのか、黒髪の恋人が微かに首を傾げながら声をかける。彼女は何か言葉を発しなければと口を開いたものの、心を占めている大きな疑問を投げかけずにはいられない。

「どうして……?」
「どう――何だって?」
「だってあなたは一緒にいられるのはフォートヴィルまでだけだって」

 今度目を見開き呆然と立ち尽くしたのは男の番で、何を言われているのか全くわからないというその様子に、シャンティは困惑しながらそう信じた理由を説明した。終わりがある関係なのだと思っていたことを告げた時は、さすがの彼も微かに顔を顰め娘は目を伏せたものの、一通り最後まで口を挟まず言い分を聞いたレオンは、呆れたように片眉を上げつつシャンティの頬に手を伸ばす。

「おいシャンティ、こんな時にそんな笑えない冗談はなしだ。俺の言い方が紛らわしかったことは悪かったと思うが、旅の中の遊びなら初めからお前に手を出したりしない」
「で、でもあなたにはずっと探しているものがあるんでしょう? だからあなたは1つの場所には留まれないんだって、あの夜」
「見つかれば当てのない旅は終わるともその時言ったはずだぜ。そして俺は答えに辿り着いた。それがお前さ、シャンティ」

 そっと触れる彼の指先、その温もりは幻ではない。単純で、かつ深刻な思い違いが解消された今、叶わないと思っていた密かな願いは実ろうとしていた。

「いつだってお前の隣が俺の生きる場所だって言ったよな? そいつを忘れてもらっちゃ困る」
「だけど私、まだ借金だって」
「牛を売っても足りんようならこれから一緒に返してやるさ。また牧場を始めたっていい」
「でも――」
「シャンティ、議論はおしまいだ。もう“でも”とか“だけど”はやめてくれ」

 焦れったそうにそう言われて娘は開きかけた口を噤む。頭のどこかでは事実を冷静に受け止め始めていたが、それでもシャンティはレオンが“それ”をくれるのを待ってしまうのだ――抑え込んできた想いを解き放つ決定的な一言を。

「俺は最後まで離れない、お前の傍にいると言っただろ? 最後までってのはいよいよくたばっちまう時までってことだ……つまり一生ってことだよ!」
「!」

 枯れるほど泣いた後なのに、なぜ涙はあふれてくるのだろう。だが彼女はその言葉こそをもう長い間待っていたのだ。馬上の彼に報われぬ恋をした時から今に至るまで、シャンティの本当の望みは彼女自身の生涯に渡り、レオンと一緒に生きていける終わりのない日々だったのだから。

「フォートヴィルまで護ると言ったのは契約がそうだったからだ。だがそこから先は仕事じゃない……1人の男としてお前を護りたいんだ、これから先も」

 火の粉を舞わせて弾ける炎は抱き合う2人を照らし出し、すぐ傍の水面には1つに重なった彼らの影が映る。

「さて、そろそろ返事が欲しい」

 しばしの抱擁の後で男はそっと両腕を緩めると、熱いまなざしで恋人を見つめながらやおらそう切り出した。答えなどきっと彼ほどの相手ならお見通しなのだろうが、それでもシャンティ自ら問いへの答えを口にしない限り、レオンが曖昧な雰囲気に甘んじることなどないのだろう。

「シャンティ・メイフィールド、俺と生涯一緒に生きてくれるか?」

 その名を持つ娘の心臓は1つどくんと高く跳ねたが、それでも再び沈黙で返すつもりなど微塵もなかった。

「はい!」

 そう答えたシャンティはあっという間に相手に抱き竦められ、見たこともないほど嬉しそうに笑う彼から口づけられる。触れ合わせるだけでとろけるようなキスは深さと長さを増し、相手の想いを知るのにそれ以上の証拠など必要ない。だが彼女の唇からついに甘やかな声が零れた時、レオンはどこか苦々しい顔で身を引きながら低く呻く……。

「……くそ、参ったな」
「レオン?」

 不安げに尋ねた娘へちらりと視線を送った男は、こちらが思わずどきりとするほどの色気を辺りに滲ませ、その目は一糸纏わぬ肢体を見透かしてでもいるかのようだ。そんな風に見つめられては彼女の肌が火照らぬわけもなく、相手はそれを知ってか知らずかシャンティをそっと抱き寄せると、込み上げる情熱を押し殺したような掠れた声で告げた。

「たまらなくお前が欲しいんだ。今すぐここでお前を抱きたい」
「……!」

 それを聞いた瞬間彼女の身体は燃えるように熱くなり、レオンの腕の中で過ごした夜の歓びが呼び覚まされる。ここは屋根すらない荒野で、こんな時でもなければ恐らく拒んでいたのかもしれないが、シャンティもまた彼に抱かれ心も身体も愛されたかった。恋人からの大胆な懇願に応えたいと願うならば、彼女は強固な自制心をほんの僅か緩めるだけでいい。2人が想いを確かめ合うことを邪魔立てでき得る者など、もはやこの世界には誰1人として存在しないのだから。

「……決まりだな。ならマースローは少しの間席を外してもらうとしよう」

 頷いたシャンティに心なしか上ずった声でそう言うと、レオンは自身の馬を短い口笛で追い立ててしまった。呆れた風情のマースローへ彼女が驚いた目を向けると、その主人は心外だと言わんばかりに鼻白んで続ける。

「忘れたのか? あいつは牡だぞ。俺は今までもこれからも、他の男にお前の裸を拝ませてやるつもりはないね」

 妙に真面目な言い草に一瞬きょとんとしてしまったものの、シャンティはすぐに微笑みながらレオンの首に腕を回した。愛馬にさえも妬くような振る舞いは面白おかしくすらあり、きっとこれまでの彼の人生ではあり得なかったことだろう。だがそれさえも嬉しく感じてしまうのは愛しているからだ。レオン・ブラッドリーという男のことを、世界の誰よりも。

“マースロー、ごめんなさい。明日たくさんブラシをかけてあげるから今夜だけは許して……”

 恋人の馬に申し訳なく、栗色の髪の娘は内心で謝罪の言葉を囁く。その間にも早速彼女の服に手をかけていた男は、逸るあまりにシャツの釦をうまく外していくことができず、小声で悪態を吐きながらも悪戦苦闘を続けていた。日頃の彼からは想像するのが難しいそんな姿も、シャンティにとっては2人の秘密のようで何ともこそばゆい。
 これから先の長い時間、こうしてレオンの新たな一面を知ることのできる機会は、彼と共に過ごす日々の中で数え切れぬほどあるのだろう。そしてその度に生まれる喜びは彼女1人が味わえる。生涯にただ1人だけとレオン自身が心に決めていた、運命を分かち合える人生の伴侶だけの特権として。