女性と共に過ごした夜などそれこそ幾晩もあったものだが、今夜はそれらのどれとも違った忘れられない夜になる。アンヌを抱き上げ部屋までやって来たウィリアムは不思議な感覚でそう確信していた。狂ったように脈を刻んでいる心臓とは好対照に、頭の方は妙に落ち着いていてどんな小さな反応をも見逃さないよう腕の中の恋人を見つめている。
 勝手に期待し、勝手に諦め、それでいて勝手に望み続けた密かな願いがついに叶う瞬間がやって来た。最後はアンヌの返事1つだったとは言え、彼女自身がこうすることを選んでくれたという事実はあまりにも大きい。胸が震えるほどの歓喜を覚えながらもウィリアムはアンヌを寝台に下ろし、こちらを見上げたカラメル色の眸に最後の問いを投げかける。

「戻るなら今だよ。始めてしまえばきっともう私は止めることなどできそうにない」

 そこでベッドを降りられたのなら苦しいが部屋へと帰しただろう。だが彼女は出ていく意思などないとばかりにウィリアムの背中へその腕を伸ばすと、この場にいたいと口にする代わりに彼を引き寄せて抱きしめた。2人分の重さがかかった寝台の木枠が微かに軋み、それはこれから始まる閨の行為の内容を如実に連想させる。その抱擁はそんな夜の始まりを告げるに等しい2人の合図となって、彼は今しがたよりもなお甘い口づけを愛する未来の花嫁に贈った。
 急かせば恐がらせてしまうとわかっているだけにウィリアムは慈しみを込めてアンヌを抱きしめ、緊張を和らげるように何度もその髪を、頬を、背中を撫でていく。だんだんと力の抜けていく華奢な身体はいつしかされるがままとなり、優しい口づけを繰り返していた彼は頃合いを見計らってその掌を柔らかな膨らみの上に重ねた。

「……!」

 その瞬間カラメル色の眸が大きく見開かれはしたものの、彼女はウィリアムの行為を咎めて拒むようなことはしなかった。アンヌの胸は服の上から想像していたよりもなお豊かで張りがあり、その嬉しい発見に彼はつい口元を綻ばせずにはいられない。薄い灯りの下でさえはっきりとわかるほどに想い人の頬は紅く、潤んだ眸は扇情的でウィリアムの欲は限りなく煽られた。思うがままに揉みしだきたい衝動を抑え込みつつ柔らかい双丘をゆっくりと撫で、唇は未だそれで触れたことのない首筋を食むようにゆるゆると辿っていく。触れている場所からは彼女の緊張が手に取るようにこちらへ伝わり、慣れているはずの自分でさえも呼吸が乱れるペースが速い。
 理想的な曲線を描く身体にドレスを纏わせている釦を外し、コルセットの結び目を1つずつ解いていくのは何とも官能的な作業だった。かつてはそれに感慨さえ持たないような時代も経験してきたというのに、初めて女性と夜を共にした時よりも更に大きな高揚感が駆け巡る。褥の上に髪を広げて横たわる恋人の肌は温かいのに、ウィリアムの燃えるような視線を一身に受けるアンヌは微かに震えていた。

「アンヌ……君は綺麗だ、とても」
「ウィリアムさま……」

 この2週間ほどでさえ自分を慰めずにはいられなかったにもかかわらず、目の前の彼女を見つめているだけでこんなにもウィリアムの身体は昂る。ここまで火をつけることができる女性はもちろん世界に1人だけだが、うら若い恋人は自分にそんな力があることなど夢にも思ってはいないだろう。アンヌの眸にはいくつもの感情があふれては欠片となって千々に煌めき、自らも服を脱いだ彼はできるだけ優しく彼女を抱き寄せた。

「ああ……ずっとこうしたかった……」

 熱を帯びた声で告げられたその言葉にはウィリアムの想いの全てが詰まっている。柔らかくなめらかな恋人の肌からは優しい香りが立ち昇り、自分の身体は焼けた鉄もかくやあらんとばかりに酷く熱い。こんな風にその日を迎えることにはきっと不安もあるだろうに、アンヌはどんな時も愛しさを込めたまなざしで彼を見つめてくれていた。

「ん……!」

 たまらずに口づけるウィリアムの掌は愛する婚約者の肌をすべり、その身体のあらゆる部分を知り尽くしたいという意志のままに触れていく。彼は桃から滴る蜜よりもなお甘い恋人の舌先を捕らえると、未だ触れ合う歓びに臆病な身体を目覚めさせるべくその指先で魔法をかけた。

「あ……っ!」

 狂おしいほどもどかしくなぞられた肌はほのかに色を増し、その瞬間にふるりと揺れた胸の先へとウィリアムはすかさず唇を寄せる。

「ぁ……あ、っウィリアム、さま……!」

 初めて感じる強い快感にアンヌは甘くも激しく悶え、胸の頂を吸い上げる毎に彼女の背中は小さく跳ねた。それでいて彼の首に回されたままの細腕は決して解かれることはなく、むしろ恋人をより引き寄せようとするかのように力を込められることさえある。しばしの間存分にその胸を堪能した彼が顔を上げると、アンヌは目に涙を滲ませながらも疼く身体をウィリアムに寄り添わせていた。

「……嫌じゃないか?」

 柔らかく目を細めて問えば彼女は首を横に振る。

「なら……続きをしても構わないね?」

 アンヌはその言葉に恥じらいの混じる微笑みを浮かべるとこくりと小さく頷いた。

「愛しているよ、アンヌ……」

 そう告げて唇を重ねる間もその手は彼女の脚を撫で、ウィリアムは1つになれる瞬間を求めて徐々に準備を整え始める。角度を変えては何度も長く濃厚なキスを繰り返し、ついにアンヌの薄い茂みの奥に秘められた場所へと触れた時、彼の指先は愛しい女性が感じてくれた証で温かく濡れた。その蜜を絡めるように指で掬えば彼女は真っ赤になって目を瞑り、そんなアンヌの初心な姿に微笑ましささえ覚えつつ、ウィリアムは彼女の中にゆっくりと指を1本埋めてきつく閉じた場所を解しにかかる。

「あ、ぁ……!」

 彼の指はアンヌの身体にきゅっと鋭く締め付けられ、もうすぐ自分自身でそれを体験できると思うだけで危うく理性を手離してしまうところだった。いつかこんな日が来たならそれはどれほど素晴らしいだろうと思い描いたもの以上の交わりが、あとほんの少しで現実のものになる時がついに訪れようとしている。その喜びは恐らく言葉で表せるものではないだろうが、願わくばそれは自分1人だけでなく、アンヌと共に味わいたい。
 初めての彼女にどこまでの快楽を教えられるかはわからないにせよ、もはやウィリアムにとってこの行為は身体の飢えを慰めるためだけのものではなかった。出逢い、こうして恋に落ち、心に秘めた想いを通わせ、その先に待っている新たな世界の扉を開けるのは2人一緒でなければ意味がない。アンヌが勇気を出して彼の全てを受け入れようとしてくれたことに、ウィリアムはこの瞬間を永遠に色褪せない思い出に変えることで応えたい。これから何度愛し合おうと、今夜のことをずっと忘れずいられるように。

「ウィル……さま、ウィリアムさま……っ!」

 涙混じりに彼の名前を奏でる切ない声は夢見るようで、ウィリアムは熱くとろけた秘所から指を抜くと僅かにその身を横にずらした。力の入らないアンヌの膝を軽く立てさせて開いた後は、固く張り詰めたものの先端であふれるほどに濡れた彼女の泉へ触れる。

「アンヌ」

 愛を込めて口にしたその名にカラメル色の眸が1度瞬いた時、彼は心底求めた相手の中へゆっくりと自身を沈めていった。