メロディと初めて結ばれた時から今日この夜に至るまで、2人が1つになる瞬間の感動が薄れたことはない。だが今夜は一段と深い歓びが身体中を駆け巡り、彼女を欲する強い想いは炎のように燃え盛る。今や何の不安もなくなった恋人たちはこの瞬間に全てを傾け、お互いの心が求めるままに愛し合うことができるのだ。

「メロディ、まずは君の好きなように動いてくれれば嬉しいんだが……」

 仰向けにその身を横たえたダリウスは片手でメロディの頬に触れ、シナモン色の髪をかき上げながら秘め事の始まりを彼女に委ねる。熱のこもった視線で見上げる恋人の姿は素晴らしく、抑えきれずに湧き上がる興奮が彼の低い声を上ずらせていた。
 衝動に反して抱き尽くせないのはもはや苦痛に近いとしても、自ら組み敷き攻め立ててしまえば恐らく長くは保たないだろう。そうして情欲の赴くがままに燃え上がるのも悪くはないが、こうも特別な2人の一夜を勢いに任せるのは忍びない。記憶に残る今日という日に忘れられない彩りを添える、そんなひと時を過ごしたい思いはきっと相手も同じなのだから。

「あなたが喜んでくれるなら……」

 そう囁いたメロディの両手が彼の骨ばった手に重なる。その掌を掠めるようにそっと唇で触れた後、彼女は恥じらいながらも愛情いっぱいにダリウスの願いを叶えてくれた。
 メロディが軽く腰を浮かせてはまたゆっくりと沈める度、蜜に濡れた自分のものが彼女の身体を穿つのが見える。視線を上げればはっとするほど艶めいた恋人が目に映り、可憐な中にも漂う色香には思わず息を呑むばかりだ。
 何の経験もなかったメロディがこうして振る舞えるに至るまで、2人は一体幾つの夜を共に過ごしてきただろう。その交わりは時に穏やかに、また時に激しく、1つとして同じものなどなかったほどに様々な色を帯びてはいたが、お互いを深く想い合う愛情だけはいかなる時にも変わらない。だからこそ2人は何をも隠さず心を開いて打ち解け合い、疑うことなく信じられる――自身がこんなにも強く相手の全てを望まずにはいられないように、恋人もまた心から自分を求めてくれているのだと。

「メロディ……ああ、メロディ……!」

 慎ましい動きには不釣り合いなほどの眩い快楽に貫かれ、もはや彼女を欲する以外のことなど何もできなくなってしまう。だが間断なく迸る快感ですらも入り込めはしないほど、彼の心を占めているのはメロディへの限りない愛しさだけだ。

“もっと欲しい……もっと君を感じたい。私のメロディ、君の全てを……”

 熱く乱れた息遣い、額に汗を滴らせてなお高鳴り続ける胸の鼓動。ダリウスはどうしようもなくあふれ出す想いの命ずるままに身を起こすと、小さな喘ぎを上げる彼女を両腕で強く抱き寄せた。ほのかに汗ばんだメロディの肌からは甘い香りが立ち昇り、自制心という名の最後の砦は快楽の淵へと沈んでいく。息もつかせぬ甘美な交わりは愛し愛される幸福をもたらし、繰り返されるキスの間も2人の律動は途切れない。
 目の前で揺れる豊かな双丘は抑制を強くことも忘れさせ、柔らかい膨らみを揉みしだく度に自分が満たされていくのがわかる。その先端を口に含めばしなる背中が小さく震え、吸いつくようなメロディの身体は狂おしく彼を締めつけた。

「メロディ……好きだ、君を本当に愛してる」
「ダ……リウス……」
「愛しているよ、誰よりも」

 ほとんど無意識に愛を囁き、情熱的に唇を交わす。心と心を溶け合わせた2人の果てる瞬間はもう近い。

「ダリウス……っ私、もう」
「……ああ、このまま……」

 官能の涙に濡れた懇願は最後の枷を取り払い、ダリウスはその胸に抱きしめた彼女を下から激しく突き上げた。寄せては返す快感の波に恋人たちは身を任せ、昇り詰めていけばいくほど2人は1つに混じり合う。

「あ……あぁ、あ……っ!」

 愛と歓びが幾重にも織り成す楽園にも似た遥かな高み。彼は最も深く秘められた場所でメロディが極まったことを見届けると、彼女の腕に抱かれながらその背を震わせて後を追った。

「――しかし、なぜ私は君と噂にならないんだろうな」
「ダリウス?」

 熱く求め合った後に訪れる恋人たちの穏やかな時間。ダリウスは火照りの残るお互いの素肌を薄い上掛け1枚で覆い、隣に寄り添うメロディの髪を梳くように優しく撫でている。

「長年君の傍にいても……だからこそと言うべきかもしれないが、私たちがこんな風に過ごしているとは誰も思っていないだろう? 君と私という組み合わせなどやはり考えつきもしないのかと思うと、それはそれで何だか妙に寂しく感じる時があってね」

 知られては困ると言っていながらそんなことを考えてしまうのはまさしく矛盾もいいところだ。むしろ彼女に選ばれた者だからこその贅沢な悩みと言ってもいい。だが彼がなめらかな額に触れるだけのキスを落としながらそう言うと、うら若き乙女は半身を起こして物憂げな恋人に微笑んだ。

「他の人たちがどう思っていようと、私が心から愛しているのは今も昔もあなただけです」

 そして彼女を見上げるダリウスの頬にそっと温かい掌を添えると、長い睫毛を伏せたメロディは彼に甘い口づけを贈る。

「誰にもあなたを自慢できないのはもどかしい時もありますが、それでもこうしてあなたと一緒にいられるのなら構いません。私は世界で1番幸せなんです。あなたが私を愛してくれた時から……」
「……!」

 唇と唇が触れ合うほど近くで打ち明けられた彼女の想い。ダリウスの小さな悩みや嫉妬は跡形もなく消えていき、代わりに込み上げてくる止め処ない愛しさをメロディに伝えずにはいられない。

「そう言ってもらえるのは恋人冥利に尽きるが、1つ訂正しなければならないな。残念ながら君は世界で2番目に幸福な人物だ」
「え?」
「わからないかい? 1番はこうして君に愛された私だからだよ」

 ――そう告げた瞬間に目の前で弾ける恋人の嬉しそうな笑顔、それが自分のためだけに向けられることが喜びでないはずがあるだろうか? 再び熱く交わした口づけは徐々にその長さを増していき、メロディを愛する想いのあまりに彼の胸は締め付けられる。
 彼女と恋に落ちた時からこんな日が来るのを夢見ていた。いつか誰かのものになってしまうのだからといくら自分に言い聞かせようとしても、グレーの眸が見つめる先にはいつもメロディの姿があったものだ。この歳になればもはや生半可な気持ちで手を伸ばすことなど到底できず、愛を告白された後でも迷いを振り切るまでには骨が折れたが、世に数多の男の中から彼女は自分を選んでくれた。メロディがその手を携えてくれればもうどんな困難にも怯まない。同じ夢を胸に抱き、同じ道を歩んでくれる運命の相手はここにいるのだから。

「君は一座の花形で、観客の前に立ってしまえば私1人のものではない。だが舞台がはねたら、その時は……」

 器用に身体を入れ替えたダリウスはいつしか彼女の上になり、薔薇色に染まった頬を撫でながら潤んだ眸を見つめて告げた。

「こうして2人でいる時だけは、どうか私だけの恋人でいてくれ」

 メロディの才能を世に知らしめたい団長としての自分の思い。だが彼個人の感情としては愛しい恋人を独り占めしていたいというのもまた真実だ。

「初めて出逢ったあの日からずっと、私の心はあなた1人のものですよ」

 唇が触れ合う直前に囁かれたその言葉に笑みを浮かべ、魔術師は麗しき空中曲芸師に真心を込めたキスを贈った。