「ところでメロディ、いよいよ明日から休暇の申請受け付けが始まるんだが」
「もうそんな時期ですか?」
「おや、私はきちんと1週間前から食堂の掲示板に告知を貼ったぞ。さては読んでいないんだな」

 手近な椅子に腰かけたダリウスは横抱きにしたメロディを膝に乗せ、悪戯っぽく片眉を上げると彼女を咎めるように可愛らしい耳を食む。

「あっ……もう、ダリウス」
「冗談さ。君も少し疲れているように見えたものでね、喜んでもらえそうな話をしようかと思ったんだ」

 エフェメール一座の団員たちは各々3週間の休みを取ることができ、それは看板曲芸師や団長とて変わらない。次の公演予定地との最終調整から度重なる取材申し込みへの対応まで、常に途切れることなく仕事に追われるダリウスがここ最近唯一の息抜きとしてきたのが休暇先の検討だ。もちろん長年の夢だった自前の一座の運営は忙しくも楽しいものであることに変わりはないのだが、さすがに年中無休というわけにはいかない。世間一般の休みが興行師たちの稼ぎ時である以上、悠々と旅先に出かけられるのは夏の暑さがひと段落した頃だとしても、日頃人目を避けて逢い引きを重ねなければならない立場の恋人たちにとっては、1年に1度の待ちに待った日々でもあった。

「いい場所を見つけたよ。庭にレモンの木がある海辺の一軒家で、新鮮な魚が上がる市場にも近い。貝殻を拾いながら砂浜を散歩することもできるし、どの部屋からも波の音を聞くことができる」

 かつてメロディは長い休みを実家の両親の元へ帰ることに費やしていたが、2年前からその期間は1週間に短縮され、残りの2週間は限られた時間の全てを彼と過ごすために充ててくれている。家族想いの彼女がここまで自分を優先してくれていることに応えるべく、メロディの希望を踏まえながら最高の滞在先を探すところからダリウスの休暇は既に始まっていると言ってもいい。愛する恋人の笑顔が見たい、その思いは何よりも強く彼を突き動かす。

「ああ……ダリウス、私はあなたと一緒にいられればどんな場所でも構わないんですよ? そんなところを見つけるのは大変だったでしょう」
「そんなことは気にしないでいい、私が君に喜んでほしくて勝手にやっていることだからね。さあ、この家が我々の愛の巣に相応しいかどうか教えてくれないか」

 シナモン色の髪に口づけながらダリウスがそう問えば、メロディは両腕を彼の首に回し甘いキスを返すことでその答えに代えた。
 2人がこうして付き合うようになってからというもの、長い休みはいつでもとびきりの思い出ばかりに彩られている。1年前の休暇は歴史ある大きな街で過ごし、“普通”の恋人たちらしい生活を満喫した。腕を組み、買い物をして、堂々と食事や散歩に出る。その途中で見つめ合うも、唇を交わすも思いのままだ。誰かに見られてしまうのではと人目を気にすることもなく、多くの人々の中に紛れながら思う存分一緒に過ごす――サーカスの中でこっそりと落ち合うばかりの2人にとってそれはまさに別世界のような体験で、彼女が見せてくれた嬉しそうな笑顔の全てはダリウスの目に今もはっきりと焼き付いている。
 そして2年前、恋人たちが共に過ごした最初の休暇。涼しい高原の花畑を越えた先、澄んだ泉のほとりの山小屋を忘れることなどこれからも決してないだろう。その場所で2人は初めて結ばれ、彼はメロディと愛し合う歓びを分かち合うことができたのだから。

『ん……』

 ちゅ、と響く小さな音。ダリウスは途切れることなくキスを続けながら彼女の纏う服の釦に指をかけ、1つずつそれらを外してははだけた衣服をそっと床に落としていく。暖かみのあるランプの光に浮かび上がった恋人の肢体は美しく、彼は感嘆と賞賛のため息をついてメロディの姿をくまなく眺めた。

『あ、っ!』

 彼女の胸の先は瑞々しく色づき、そこへ唇を寄せたダリウスは小鳥さながら果実を啄ばみ口に含む。固く締まった頂を舌先で転がしては緩急をつけて吸い上げ、それに合わせて2つの豊かな膨らみを揉みしだけば、彼の両肩を掴むメロディの手に一際強い力がかかった。目を上げれば彼女は濡れた唇を噛み締めながらその快感に耐えていて、震える睫毛が落とす影さえたまらないほど愛おしい。
 想いを通わせてからその夜まで2人が身体を重ねたことはなかったものの、ダリウスとてメロディが欲しくなかったわけではない。つい誘惑の手を伸ばしてしまいそうになったことも1度や2度ではなかったのだが、急かせば彼女が戸惑うだろうとわかっていたからこそ何とか思い留まってきた。だがそれが逆に相手を不安にさせていたことなど当時の彼には想像もつかず、その先の行為へと進まなかったがために悩ませていたと知った時には思わず天を仰いだものだ。
 ダリウスはメロディの唇を自身のキスでふさぐと蜜のように甘い舌先をたっぷりと味わい、抱き上げた彼女をベッドの上へ静かに下ろす。そして自分も服を脱ぎながら恋人の身体に唇を押し当てると、魅力的な曲線をなぞるようにゆっくりとその造形を辿っていった。

『ん……っダリ、ウス』

 熱い掌が肌の上をさまよう度に細い指は白いシーツを握りしめ、彼女の上げるあえかな喘ぎはもはや抑えることなどできそうにない。グレーの眸はそんな反応の1つ1つを確かめつつ、じっくりと時間をかけて余すところなく口づけていく。メロディは背中が特に敏感で、後ろから首筋や耳元を舐められるのに殊更弱いと知ったのもこの時のことだった。
 ダリウスは彼によってかき立てられた熱情に悶える恋人の脚を優しく開くと、恥ずかしさからか微かな抵抗を見せる彼女を安心させるように1度触れるだけのキスを交わす。そのまま片方の脚を自分の肩にかけるようにして持ち上げたダリウスは、焦らすように指を這わせながらくすんだ金髪の頭を屈め、メロディの秘所からあふれる快楽の雫を舌先で掬うと、そのすぐ上を飾る桃色の蕾に何度も繰り返し塗りつけた。初めて知る歓びに跳ねる身体、戸惑いと期待が入り混じった涙で潤む眸。長い時間をかけて慣れさせた上で機が熟したことを感じた彼はついに身を起こし、固く勃ち上がった部分に手を添えるとその先端を滑るほど濡れた溝に当てがう。

『……っあ、ぁ……!』

 本当に自分でいいのか、とはもう聞かなかった。彼女はダリウスの恋人であり、自らの意思で行動できる成熟した女性だ。そんなメロディがこうして彼を望んでくれたということ、それ以上の証明などもう必要ない。

『メロディ……!』

 その唇を求めて身を寄せ、より一層深くまで繋がる。無垢で経験のなかった身体に根元まで締め付けられる快感はすさまじく、それに飲み込まれてしまわないよう抗い続けるのは決して簡単なことではない。ダリウスは破瓜の痛みを和らげるように角度を変えて口づけを重ねると、彼にしがみつくメロディをぎゅっと抱き返しながら少しずつ抽送を始めた。辛抱強く動きを抑え、彼女の声に今しがたと同じ歓びの色が宿るまで……。

「――リウス。ダリウス?」
「ん?」

 そこでぱちりと目を開いたダリウスはようやくメロディが心配そうに自分を見つめていたことに気づく。

「大丈夫ですか? ごめんなさい、そこまで疲れているなら私はもう――」
「そんな、待ってくれ」

 危うく場を辞されそうになり、彼は慌てて膝の上の恋人を抱き寄せると焦りも露わに思いを告げた。

「君と一緒にいたいんだ。メロディ、まだ夜は長い」