悩みには事欠かない立場と状況の中、いかに表向きは落ち着いて見えていようと癒しも欲しければ安らぎも欲しい。そのどちらも与えてくれる存在が目の前にいるというのに、早々逢瀬を切り上げるなどという選択肢は端から論外だ。

「でも――」
「疲れなんて君が傍にいてくれればそんなものは消えてなくなる。今帰られてしまう方がよほど堪えるんだよ、わかるかい?」

 ダリウスはそう言うと向かい合うようにメロディを抱き直し、柔らかいシナモン色の髪を梳いた手でそのまま彼女の頭を引き寄せる。

「ぁ……ふ、っ」

 鼻にかかった甘い声。合わせられた唇を舌先でなぞれば胸元のシャツがきゅっと掴まれ、彼はすかさず空いている手をスカートの裾からちらりと覗く脚へと滑らせた。膝から腿にかけ、伸ばした指先から掌で緩やかな円を描くように撫でていけば、既にその先を知っている肌に火をつけることなど容易い。2年前のあの日から2人はそれこそ幾度も身体を重ね、より深い愛情と歓びをお互いに与え合ってきたのだから。
 メロディ自身がダリウスの首に腕を回してキスに応え始めると、彼女の頭を支えていた手はたわわな胸を下から包む。その頂は服の上からでもすぐにわかり、そこへ唇を寄せようと思えば柔らかな双丘に顔を埋めるだけでいい。メロディの腰を浮かせた彼は脚を撫でていた手を上げていくと、早くもしっとりと潤い始めた秘溝を薄い布地越しに探っていく。何度も指先を往復させるうちに小さな蕾はやおらその場所を主張し始め、問わずとも彼女の身体が確かに感じていることを示していた。
 メロディも負けじとダリウスのベルトを緩めそそり勃つ下腹部に手を触れてくれてはいるのだが、ぎゅっと目を瞑りながら彼の肩口に唇を押し当て、ややもすると零れてしまいそうな声を抑える方で手一杯だ。それでも華奢な指が屹立した幹に優しく絡みつく快感は絶妙で、弱い部分をもどかしく摩られる度にこちらが声を上げてしまいたくなる。このまま最低限の衣服だけをくつろがせ、性急に求めてしまいたい。

「待って……帰る服がなくなってしまうのは困ります」

 だがそんな思いに急かされ下着に手をかけたダリウスを制し、熱っぽい眸の恋人は震える爪先を床に着けた。2人はその時間すら惜しいと言わんばかりに素早く服を脱ぎ、深く口づけを交わしながらもつれるようにしてベッドの上へと倒れ込む。ダリウス・エフェメールとメロディ・スターリングという1組の恋人たちとして、愛し愛される歓びを心ゆくまで味わうために。
 ダリウスは自分の胸とメロディの背中が合わさるように彼女の向きを変えると、背後から抱え上げた上側の脚を奥へと倒して開かせる。そして今にもはち切れそうな自身の昂りで蜜を纏った花弁を押し広げ、きつく締め付ける奥深くまで形ある熱を沈み込ませ……。

「ぁあ……!」
「……っ!」

 前回彼女を抱いたのはアレックスがやって来る前で、それからは特に忙しかったこともあり独りでする暇も気力もなかった。そんな抑圧された状態から欲望のままにふるいついてしまえばものの5分と保たないだろうが、さすがにそれでは寂しすぎる。この体勢なら自身の終わりは引き延ばしつつ、メロディを十分に歓ばせることができるだろう。
 僅かに引いてはまた挿し入れ、それだけで腰の奥からは堪えようもない甘い疼きがせり上がる。ダリウスは片手で豊かな胸を、もう一方では敏感な蕾を刺激しながら、すらりと伸びた彼女の項に愛を込めて口づけた。次いで耳の縁をゆるゆると舐めればメロディは声にならない声を上げてその身を捩り、彼は引き絞られるような強い快感に歯を食いしばって耐え忍ぶ。肌と肌がぶつかる乾いた音と、同時に響く濡れた水音。この至福の歓びを時間の限りに享受したいと思っていても、あまり悠長に構えていられる余裕はない。

「っあ……んんっ!」

 ダリウスは自分の限界を探りながらもくぐもった声で喘ぐ恋人の腰を片手で抱き、もう片方の手で彼女の指をしっかりと握る。メロディの片腕はいつしか彼を引き寄せるように後ろに回され、弛まず突き出されるその楔をより深くまで迎え入れていた。2人の動きが徐々に鋭く速いものへ変わっていくとやがて彼女の全身はがくがくと震え始め、そして――。

「…………!」

 メロディの絶頂は深く静かで、ぴんと張った身体が弛緩するまでの間にもその秘所は寄せては返す波のように何度も収縮を繰り返す。彼女の受け取った快楽の大きさはそこを越えてなお痺れたように小さく痙攣し続ける身体が示していたが、ダリウスはもはやここで終わりになどできなかった。彼はこの果てしない快感の中で同時に達してしまいそうなところを間一髪で堪え抜き、もう1度メロディを高みへと押し上げる権利を手に入れている。それを行使せずに夜を明かすことなどとてもできることではない。
 1度繋がりを解いたダリウスは、極まった瞬間の恍惚も醒めきらないまま浅く呼吸する彼女を仰向けにすると、指と指とを絡ませながらその唇を重ね合わせる。そしてとろけそうに熱いメロディの中に再び自身を溶け込ませると、さらなる歓びの予感に震える彼女の耳元でそっと囁いた。

「まだだよ、メロディ……」

 ――それからしばらくの後、情事の余韻が微かに残る部屋の中。何度か達したところで気を失ってしまったメロディを隣に横たえ、彼は愛する恋人のあどけない寝顔を見つめていた。最後は相手の疲労も省みずに求めてしまっておきながら、しばらくすれば彼女を起こし、部屋へ帰さなければならないと思うとため息を零さずにはいられない。それはもちろんダリウスの本意ではなく、朝までこうしていたい想いはそれこそ山々なのだが、その願いが叶えられる日はまだもう少しだけ先だ。
 彼は切なく目を細め、ほのかな赤みを残すメロディの頬を愛おしげに撫でるとそこへ小さくキスを落とす。ダリウスの全てを理解し、励まし、愛してくれるかけがえのない存在。その肌に触れていると興奮のあまり我を忘れさせられてしまうというのに、傍にいる時は他のどんな時にも増して心から安らげる。可憐な微笑みと温かい言葉、恋人が惜しみなく与えてくれるそれらの優しさに彼はどれほど助けられてきただろう。舞台の上でも降りてからも、彼女の支えなしでは乗り越えられなかった困難がいくつもあったということを、果たして本人は知っているだろうか。
 ダリウスの背を追いかけていたはずのメロディはいつの間にか彼を追い抜き、今では並んで歩くどころかその手を引いてくれている。だがこの後に及んで歳上ぶりたいというわけではないにせよ、やはり若い彼女に頼ってばかりの自分がもどかしいのは男の性というものだ。もっと恋人の力になりたい、そんな思いを抱えているのは今やダリウスの方なのだから。

“メロディ、私も君の役に立ちたいんだ。君を護りたい……どんな時も”

 観客の前でも彼の前でも、メロディにはいつも笑顔でいてほしい。だからこそダリウスはいかなる時にも彼女を護り、その身を脅かす見えない悪意と戦う決意を固めている。演技の間は自らの手が及ばなくなってしまうステージの上でさえ、その煌めきが少しでも翳ることのないように。

“愛してる。ずっと君の傍にいるよ”

 彼は眠るメロディを抱き寄せ、心の中で愛の言葉を語りかける。込み上げる愛しさには逆らえないと言わんばかりに、静かに唇を重ねながら。