「今……君は、何と……?」

 マノエルはそれだけ口にするのがやっとという顔をしていた。聞こえたことが信じられないという表情も露わな彼に、トゥーラは長らく胸の中に秘めたままでいた想いを告げる。

「子供がどんな姿でも、私たちの仔に変わりはありません。あなたが私を愛してくれたということに応えたいんです。私も……」
「トゥーラ……?」
「私も、あなたを愛しています」

 そう言った瞬間にマノエルはその目を瞬くことも忘れ、彼女が言った言葉の意味を反芻しているように思えた。
 彼がほんのひと時の戯れにトゥーラに手を触れたのならば、こんな秘密を最後まで抱える勇気など持てなかっただろう。だがもしも、マノエルが本気で彼女を愛してくれていたなら。これからもその想いが変わることなどないと誓ってくれたら。そうであってくれたなら、人としての道を自ら踏み外しても後悔することはないだろう……。

「マノエルさん、あなたが好きです。本当はこの姿でなくても」

 彼の輪郭がぼやけ、光の中から現れた紅い翼をトゥーラははっきり覚えている。それでも初めて逢った時から今までずっと示してくれた、彼女を包み込んでくれた優しさはいつでも真実だった。トゥーラはそれを信じたのだ。交わっている間に込み上げた尽きることのない愛しさも、マノエルから伝わってきた限りない愛情と慈しみも、その全ては確かにお互いの魂が告げた真実だと。
 禁忌の扉を開いたのは彼とてトゥーラと同じなはずだ。ならばその覚悟に報いなければ。

「君は本気で……言っているのか? 私の本当の姿を見ても、それでもまだ私を愛せると?」

 震える声で投げかけられた問いに込められた大きな恐れ。もし今彼女が嘘だと言えばマノエルは立ち直れないだろう。これ以上心が傷つけば壊れてしまうと知っていればこそ、彼は自ら口に出してそう確かめずにはいられないのだ。

「すぐには信じられないというあなたの気持ちもよくわかります。でも私は他にどうやって想いを伝えればいいかわかりません。だから――」

 トゥーラは切ない声でそう言うとゆっくりと一歩を踏み出し、立ち尽くしたままのマノエルの前まで行くとその足を止めた。そっと腕を伸ばし、日に焼けた彼の頬に指先で触れる。マノエルはびくりと震えたが彼女の行為を拒みはしない。彼はそれを夢見てきたのだろう――長年の望みが叶う時を。

「どうかこうして私があなたに触れることを許してください」
「……!」

 トゥーラは秘密を打ち明けるような囁き声でそう告げると、マノエルの肩に手をかけながら爪先で立ち眸を閉じる。そして2人の唇が1つに重ね合わされたその瞬間、翼の代わりに手に入れた2本の腕が彼女を抱きしめた。

「ああ……トゥーラ、トゥーラ……っ!」
「マノエル、さん」
「君も私を想ってくれるのか? 君も、私のことを……!」

 細められた黄金色の眸は深い愛情に輝き、それはあの真紅の鳥と同じであることにトゥーラは気づいた。蜂蜜のように甘い彼の目が閉じられる度に口づけられ、娘はその仮初めの姿に想いを込めたキスで応える。

「トゥーラ、私は君の番いだ。この先どんなことが起こっても私が必ず君を護る」

 人からも、鳥からも認められることのない異端の契り。だが2人が愛し合った証は既にトゥーラの身に宿っていて、心から求め合う2人を引き離すことなどもはやできない。

「傍にいてくれますか? 今夜は……」

 軽々と彼女を抱き上げた相手を見上げてトゥーラが問えば、マノエルは柔らかな微笑みを浮かべてその頬に口づけた。

「今夜だけと言わず、これからはずっとこうして一緒にいるよ。トゥーラ、君の傍を離れることはもう考えられないんだ」
「マノエル……」

 幼い頃からつけていたはずの敬称はいつしかなくなり、真の番いとなった2人は固く抱き合い唇を交わす。

「さあ、疲れただろう。ゆっくりお休み、私も傍にいるから」

 しかしベッドの上に下ろされた途端にトゥーラは不安になる。人生の全てを変えてしまう決断をした直後なだけに、彼がここにいてくれることがわかっていても心細いのだ。微笑んで安心させてほしい。何も心配ないと言ってほしい。もう1度抱いて愛してほしい――言葉にできないその思いだけが胸の中で膨らんでいく。

「……トゥーラ?」
「マノエル……あの、私」

 縋りつく腕を解こうとしない彼女をマノエルが覗き込み、トゥーラは勇気を出して思いを伝えようと口を開いたが、結局は真っ赤な顔で彼に抱きつくことしかできなかった。

「……君の身体が心配なんだ」

 だが優しく告げられたその言葉は彼女の願いに沿ったもので、マノエルがトゥーラの心を理解していることを示している。ただでさえ体調の悪い彼女に無理を強いたくないのだろう。身籠っていながらこんなことを望むのはトゥーラの我儘だ。しかしそれがわかっていてもなお彼の温もりが欲しくてたまらない……。

「トゥーラ……」

 彼女の髪を撫でるマノエルの声にはまだ躊躇いがあった。だが一瞬の間を置いてからトゥーラは彼にぎゅっと抱き竦められ、切ないほどの情熱が滲んだ告白を耳元で受ける。

「……辛そうだと感じたらすぐ止める。それでも君が構わないのなら……私も君と愛し合いたいよ。そうしたいに決まっているじゃないか」

 愛していればこそ肌を重ねたいという思いは変わらない。トゥーラは涙を浮かべて感謝の口づけをマノエルに贈り、2人はベッドに横たわると幸福そうにお互いに触れた。

「トゥーラ、愛しているよ……」

 脱がされた服が床に落ちれば彼の手が肌の上を滑り、愛されて求められていることを身体中に教えてくれる。僅かに膨らんだ腹部を見つめる金の目は愛しさに満ち、彼女が仔を身籠ったことに感銘を受けているようだった。

「マノエル……ああ、マノエル……!」

 トゥーラは何も考えられずにただ彼の名前を繰り返す。腕を回し、引き寄せ、唇を交わせる喜びは果てしない。彼が人間でないとしても、そんなことはもう瑣末なことだ。彼女がこの世界で愛している相手はマノエルしかおらず、こんなにも大切に慈しんでくれる者も彼しかいない。

「トゥーラ……っ!」

 とろけるように熱く潤んだ場所へと沈められるその先端、緩やかな律動と共に与えられる蜜のような口づけ。魂が震えるほどの歓びの中で2人は混じり合い、彼女の身体を気遣いながらもその想いを確かめ合った。トゥーラを包み込んでくれる腕は優しく、そして力強く、世界中のどんな場所よりも護られていると実感できる。2人でこうしていられるならばもうどんなことも恐くはない……。

「――っ!」

 トゥーラが徐々に大きくなる快感の頂点を極めた時、マノエルは咄嗟に身を引くと彼女の身体に精を放った。濃厚な情事の匂いが寝台の周りに立ち込める中、トゥーラの腹部や胸までが白く濁った彼のもので染まる。

「すまない……大丈夫か?」
「はい……」

 自身も肩で息をしながらマノエルは彼女にそう尋ねた。達する時でさえもトゥーラと子供のことを考えてくれる、彼のそんな思いやりにはますます心を惹かれるばかりだ。

「私を愛してくれてありがとう。トゥーラ、君が私の全てだ」
「私もあなたが全てです。あなたと……お腹の子供が」

 もう1度口づけ合った2人は共にぬるま湯で身を清め、簡素な寝衣を纏った後は隣同士並び床に就く。だがトゥーラが眠りに落ちたのを見届けたマノエルはベッドを降り、鳥の姿に戻るとその枠木に留まりまどろむのだった。