一行は豪雨に遭った後も更に4日間旅を続け、故郷を離れてから地図に記された初めての町に着いた。しかしそこは想像していたよりも小さく寂れた田舎で、働き盛りの若者の姿などほとんど見受けられない。ゴードンとテッドを牛の番としてしばし町の外へ残し、せめて1晩の宿を求めようと思ったシャンティだったが、そんな淡い期待は残念ながら叶わなそうな雰囲気だ。
 あるいは彼らもフォートヴィルを目指して去って行ったのだろうか? 夢を追い町を後にした者が大金を手に戻ってきた、そんな話は幸か不幸かまだ寡黙にして耳にしないが、それを現実にできる者は果たしてどのくらいいるのだろう……。

「ひょっとしてあんたたちもフォートヴィルまで行くつもりなんじゃないか?」

 目が合ってもそそくさと離れて行く老人たちが多い中、1人の男がおずおずと進み出て3人に声をかける。

「ああ、その通りだ。南まで牛を運んでるとこだが、たまには人里が恋しくてね」

 だがそんなレオンの答えを聞いた相手の顔はさっと曇り、うんざりだという様子を隠しもせずに滲ませてこう言った。

「やっぱりな……悪いがうちじゃ旅人は歓迎されないよ。特に今のご時世1発当てようなんてのは嫌われてね」
「あんた、何が言いたいんだ?」
「俺もこれ以上あんたたちと話して変な目で見られたかない。幸いまだ陽も高いしこんな町は出て先を急ぐんだな」

 クライヴはそんな物言いに腹を立て食ってかかろうとするが、町人は素っ気なくそう言うと足早にどこかへ去って行く。

「仕方ない、所詮は余所者への扱いなんてこんなもんさ。あんたたちがいかに破格のもてなしをしたのかわかっただろう?」

 悔しげに唇を噛んで町角を睨みつけている青年、その隣には瞬きさえできず呆然と立ち尽くす娘。用心棒の男は2人に向かって肩を竦めて笑い、町の人間の態度にも何ら動じず慣れている様子だ。実際彼はより酷い言葉を言われたこともあるだろうし、町や村のない場所を長期間旅したこともあるのだろう。シャンティとて温かなもてなしを望んでいたわけではないが、いざ自分たちがどんな人間なのかも知られず拒絶される――知ろうともせずに追い払われるとまでは考えていなかった。外で待っている年長者たちならば心の整理もつくが、若さ故に希望を持たずにはいられないこの2人にとって、これは期せずして訪れた苦々しい洗礼に違いない。

「さあ、あそこに店がある。扱う品はお察しだろうが、見るだけ見たらおさらばしようぜ。あれこれ言われながら町の隅に転がって過ごすくらいなら、馬の手入れでもしながら夜明かしする方がよっぽど気楽さ」
「……そうですね……」

 そう答えた娘の笑顔は無理がすぐにわかるものだったが、クライヴとレオンは敢えてそれには触れずに彼女に従った。商品よりも空きの方が多い店を落ち込んで出て来ると、3人は外の草地で待つゴードンとテッドの元へ向かう。
 しかしもう少しでこの町の簡易な門を出ようという時、どこからか現れた小太りな婦人がシャンティを呼び止めた。

「ちょっとちょっとあんたたち、今夜泊まる宿を探してたんだろう? それならうちにおいで。他に客もいないし部屋ならあるよ」

 他の者とは明らかに違う媚びた態度に警戒するも、40がらみの女が告げた料金は手持ちで賄える。どうしても屋根のある場所で横になりたいわけではなかったが、その機会が得られる状況でそれを手放すのもまた惜しい。そして何よりも熱い湯に身を浸せるチャンスがあるのならば、不審な申し出とはいえすぐに断れなかったのは事実だ。

「ありがとうございます、でも――」
「遠慮なんかするんじゃないよ、あんただって女の子じゃないか? いつまでもそんな泥まみれのブーツなんか履いてるのはおよし! お湯を使って汗を流すなんて荒野じゃできないんだからさ。ほら、ぼうっと突っ立ってないで早く宿に行こうじゃないか!」

 強引に連れて行こうとする女主人に驚きはするが、その手を振りきれないのはそれを望んでいるからなのだろうか? シャンティが振り向けば1人は酷く胡散臭そうな目をして、もう1人はやれやれといった風情だが彼女を止めはしない。

「そうしたいのなら構わんよ。どうせなら俺たちもお姫さんのついでに世話になるとしよう……どうせ長居するわけじゃない」
「あら、あんたいいこと言うね。久々に酒でも飲みなよ、残りのお仲間も連れてきてさ」
「……っ!」

 あっさりと話に乗ったレオンをクライヴがぎょっと見つめたが、何か言いかけたのだろう唇は結局閉ざしてしまった。

「なあ、ここの宿の女主人どう考えても怪しいぜ」

 久方ぶりに沸かした湯で身支度を整えた娘の部屋、その壁際にもたれながら腕を組んだ赤毛の男が言う。外はもう暗くなり始め、階下では女将が手料理を振る舞うべく準備の最中だ。

「思い過ごしじゃなさそうだが、このまま何もなけりゃあいいがな……っと」

 その時ふいに叩かれた扉にクライヴがさっと振り返る。

「……ブラッドリー?」
「ああ、悪いが見せたいもんがあるんでお姫さんを借りるぜ」

 板張りの廊下に立っていた男は彼らの用心棒で、シャンティはレオンに手招きされるがままに小さな部屋を出た。

「お姫さん、心の準備ができたら窓辺に立ってみな。気づかれないよう静かにだ」
「……?」

 声を潜めて告げられた通りに廊下の端まで近づくと、少しだけ空いていた窓からは誰かの話が聞こえてくる。辛うじて聞き取れるかどうかというほどの大きさではあるが、勝手口にいる2人のうちの1人は宿の女主人だ。

「――だからあんたのとこの安い酒を持ってきておくれよ。どうせろくでもない奴らさ、味なんてわかりゃしないんだから」
「それは構わないけどこっちの分け前はいくらくれるつもりだい? 10頭ばかりいただくんなら3頭以下じゃちょっと乗れないねえ」
「あんたもずいぶんがめついね。あんなにいるならもう少しくらいいただいてもいいだろうけど、あんまり盗っても隠しとく場所がないといろいろ面倒だし」
「去年死んだアンソニー爺が牛舎を残してて助かったね。それであいつらは明日の朝になったら出て行ってくれるんだろう? うまいことやるじゃないか、亭主が逃げ出しても平気なわけだ。まあこれでしばらくは肉が楽しめるならみんなも喜ぶよ」

 身動き1つできない娘の肩に男の手が軽く触れ、金縛りが解けたように彼女はびくりと身体を震わせる。ゆっくりと彼を振り向いた鳶色の双眸は沈んでいて、取り繕えないショックの大きさを如実に感じさせていた。

「化けの皮の下はこんなもんさ。俺たちの身包み剥いで売り飛ばそうってわけじゃないだろうが、朝までいるわけにもいかんだろう」
「…………」

 優しさの正体など知らずに済めばどんなに良かっただろう。だが真実に目を背けていればより後悔していたはずだ。見知らぬ者に親切なことが時として何を意味するのか、どういう動機に基づく行動なのかを娘は思い知る。もしかすれば自身のもてなしも疑われていたのだろうかと、シャンティは厳しい現実を前に自問せずにはいられない。
 しかしレオンはそんな彼女の心を見抜いているかのように、俯いたまま黙り込む娘の頭へ大きな手を置いた。

「そんなに落ち込むな、あんたがこういう連中とは違うことくらい誰だってすぐわかるさ。そうでなきゃ俺はあんたの好意を受けようとは思わなかった。あんたは何も間違っちゃいない」