レオンはすぐに銃を下ろし部屋の中へと退いてくれたのだが、ついに戸を叩いたシャンティは早くも心が折れそうだった。銃を突きつけられた時は心臓が止まりそうな思いをし、彼女の訪れなど全く予想外という顔をされれば、やはり自分はとんでもなく間違ったことをしているのではと、そんな不安に慄き言葉を紡げなくなるのも無理はない。彼に愛されたい想いが募った一心でここまで来たが、この手荒な歓迎は意気消沈させられるには十分だ。
 息が詰まりそうに重苦しく終わりの見えぬ沈黙の中、シャンティは居た堪れず踵を返して部屋に戻ろうとする。だがそんな彼女の腕は伸ばされたレオンの手により捉われ、温かく力強いそれはぐっとその身を引き寄せてくれた。
 導かれるように部屋の中へと足を踏み入れたシャンティは、小さく響いた扉の鍵の音が聞こえるよりなお早く、胸が痛くなるほど愛する恋人の腕に抱きしめられる。お互いの服を隔てて感じる彼の身体は酷く熱い。

「……いいのか?」

 肩先に顔を埋めたレオンの震える声で成される問い。心の中ではずっと彼女を待ち望んでいてくれたことを、はっきりと伝えてくれるその囁きに娘は息を呑んだ。愛しい彼の言葉はシャンティのあらゆる迷いを振り切らせ、心の奥から湧き上がる想いは不安を押し流していく。レオンが教えてくれることの全ては彼女の喜びであり、結ばれた日の記憶はこの先も残る幸福な思い出だ。それは2人が別々の世界に分かたれてしまった後でも、決して色褪せずにいつまでも輝き続けてくれるだろう。
 シャンティは何も答えず彼の広い背に腕を回したまま、ただ1度だけ大きく頷くことで問いへの返事に代えた。

「!」

 途端に強く抱きしめられる身体は喜びの悲鳴を上げ、娘の小さな心臓は爆発してしまいそうに高鳴る。いずれ別れなければならないなら1つも後悔したくない。出逢ってから共に過ごしたのはたった3ヶ月でしかないが、それは今までの人生全てよりもなお尊い日々だった。真心を捧げるべき相手か否かを悟るには十分だ。この想いが憧れなのか、真実の愛か見極めるにも。

「……っ、ん……」

 促され顔を上げた彼女の胸の内を知ってか知らずか、レオンは触れるかどうかという焦れるような口づけを続ける。もどかしさのあまりシャンティが誘うように唇を開くと、彼はそれを待っていたかのようにその中へと舌を挿し入れ、心までとろけるほどの濃厚なキスを恋人に贈った。めくるめくような歓びが瞬く間に頭の中を満たし、シャンティは他のことなどもう何1つ考えられはしない。相手に乞われるがまま彼女も素晴らしい行為に応えると、その背を支えていたレオンの手はするりと細い腰へ滑る。

「――っ!」

 それなりの宿だがお世辞にも立派な建物とは言い難く、大きな声を上げればきっと周りにも聞こえてしまうだろう。唇をふさがれていたからこそそんな危険も避けられたが、焦らすように上がってくる掌に耐えることはできそうもない。そしてその手がついにコルセットをつけない膨らみに触れると、シャンティは立っていられぬほどの疼きに彼のシャツを掴んだ。彼女の胸の頂はいつしかはっきり存在を主張し、相手は親指の腹で円を描くようにそこを撫でていく。無垢な娘は鋭すぎる快感に悶えることしかできず、甘い声で鳴いてしまわないようにするだけで精一杯だ。
 そんなシャンティを慈しむように幾度かキスを重ねた後、レオンは恋人を抱き上げると寝台へその身を横たえる。今夜、このベッドの上で彼はシャンティ・メイフィールドを知り、彼女もまたレオン・ブラッドリーという男のことを知るのだ。こうして彼と結ばれる時を焦がれて待ち侘びていた身には、枠木が相手の重みで軋む音さえやけに大きく響き、寝衣越しの肌までもが火傷しそうなほどに熱く感じた。

「……シャンティ……」

 彼女の上で身を屈めたレオンは栗色の髪をかき上げ、耳元に口づけながら熱い吐息に乗せて低く囁く。少し伸びた髭の感触に身震いするほど感じてしまい、シャンティは彼の為すがまま身を捧げていることしかできない。今ですら小さな喘ぎ声はもう隠しきれないというのに、何も纏わず抱き合えば一体どうなってしまうのだろうか? レオンはナイトドレスの前に並んだ釦にその指をかけ、それらを1つずつ外しては肌の上にキスを落としていく。豊かな胸の谷間を、腹部の窪みを掠められる度に、彼女の身の内を焦がす炎は天に届けと燃え上がるが、そんなもどかしさを癒すことのできるただ1人の人物は、なおも疼きをかき立てるばかりで解放の時はまだ遠い。
 並んだ釦を全て外し終わると男は身体を起こし、肌触りのいい生成りの薄布をシャンティから脱がせていく。彼の眉間には何かに耐えるような皺が刻まれていたが、黒い眸にちらついているのは枷を外された情欲だ。一糸纏わぬ火照った肌を更に焦がすような強い視線。黒曜石のような双眸は瞬きもせず彼女を捉え、そこから目を逸らすことなど何人たりともできはしないだろう。2人の間に高まり続ける爆発しそうな欲望に、既に呼吸の乱れたシャンティは思わずその身を震わせる。だがそれは決して恐れや慄きから生じるものではなく、むしろ狂おしい渇望がもたらしたものだったに違いない。

“だめ……おかしくなってしまいそう”

 もう何度目かわからない口づけを深く甘く交わしながら、レオンは彼女の身体中をその掌で撫でさすっていく。彼の長い指が柔らかい双丘に幾度も沈む様は、シャンティを形作る全てを記憶したいと言わんばかりだ。彼女は声を上げてしまいそうな自分を何とか抑えんと、薄く色づいた唇を必死に引き結び愛撫に耐える。しかしそれもこんな風に攻められていればいつまで保つだろう……。

「……っ!」

 張り詰めた胸の先を優しく掠めていくレオンの唇。シャンティはしなやかな背中をびくんと反らし強く目を瞑る。指先で触れられた時とは全く異なるその快感は、凶暴なまでに未経験の娘の身の内を暴れ回り、彼女は片手の甲を口に当て耐え忍ぶことしかできない。彼は頂を尖らせた舌先で弾いては優しく舐め、緩急をつけてそこを吸い上げては緩やかに唇で食む。その間にもレオンは左手にお互いの指を絡めつつ、右手で柔らかな茂みを今まさにかき分けようとしていた。

「あ、っ」

 心はこれ以上望めないほど蜜も露わに濡れていても、初体験ですんなりと男を受け入れることは難しい。どんなに相手を愛し肌を合わせたいと切望していても、些かの緊張も感じずに行為に臨むのは不可能だ。秘所の溝をゆっくりとなぞる彼の指先は乾いたままで、それに気づいたシャンティは急にたまらない不安に襲われる。

「お前は気にするな、シャンティ」

 だがそれを見抜いているかのようにやおら顔を上げたレオンは、滴るような色気を含んだ掠れた低い声で囁く。

「初めてならこんなもんだろ。来てくれただけでもう十分だ」
「でも……私、っ」

 結ばれることなく夜明けを迎えなければならないのだろうか? 焦りも露わな娘は涙を浮かべて男を見上げるが、繋いだ片手を握り直したレオンは黒い目を細めると、甘く熱い視線で鳶色の眸を捉え静かに言った。

「そんなに心配しなさんな。もう十分とは言ったがお前もこれを望んでくれる限り、俺もこのまま何もせずにお前を帰すつもりはないんでね」