「レオン……本当は選ぶつもりなんてないんじゃないですか?」
「ああ、半分はな。だがお前に持たせてもいいと思える銃がないのも事実だ」
何だかんだと難癖をつけて6軒目の店から出た後、それまではただレオンの好きに任せていたシャンティがそう問う。返ってきた答えは実に率直極まるものだったのだが、それでも足を止めずに次の店を探しているその背中は、彼の約束が必ずしも嘘ではないことも示していた。しかし既に太陽は真上に差しかかりそうな角度となり、そろそろランスバックを発たねばならないであろう時間帯だ。馬車の後輪の修理も恐らく終わっている頃ともなれば、あと1軒を見て回るのが精々といったところだろうか。
銃を選ぶとなった時、レオンがその候補として思い浮かべたものはいくつかあった。扱いが難しいものや暴発の可能性が高いもの、女の手には余るものを除くと残りなどほぼなかったが、彼は何も恋人の望みを潰したいというわけではない。もちろんどこかで気が変わってくれればと願ってはいたものの、自身も早撃ちの名手として一角ならぬ目を持つ以上、“その1丁”を選び出す作業に妥協するつもりはなかった。
「おや、いらっしゃいませ」
そんなレオンが最後に訪れる場所として足を止めたのは、ともすれば見落としてしまいそうなほどの小さな古い店だ。その扉がシャンティの髪と同じ色をしていなかったなら、彼とて周りと同じく前を素通りしていたに違いない。出迎えてくれた店主は老いてはいるが落ち着いた物腰で、流れ者の直感は“それ”があるならこの店だと告げている。もしその勘が外れてしまえばもはや残された時間はなく、不本意ではあるがこのまま手ぶらで街を後にするしかない。
「女の護身用に取り回しの良さそうな銃を探してる。軽くて小型の銃で目ぼしいものがあれば見せてくれないか」
「かしこまりました」
カウンターに立つレオンは恋人にちらりと視線を送るが、彼女は諦めかけているのか何とも物憂げな表情だ。昨夜一線を越えた時にシャンティが彼に許してくれた、あのたまらなく扇情的な声と眸を思い出すにつけ、なぜ今こんなところに立っているのかが不思議で仕方がない。2人でいられるのならばしたいことはそれこそいくらでもある……。
「大変お待たせしました。古い型ですが、いかがでしょうか」
「!」
つい物思いに耽ってしまったレオンははっと我に返る。店主に差し出されたのは一昔前の流行りの銃であり、銃身と弾倉が一体化された奇妙な見た目を持つが、撃鉄を起こさず連射できると一世を風靡したものだ。今ではより操作性に優れたものが出回っているためか、取り扱う店も少なく廃れてしまいもう久しかったが、用心棒が探していたのは正にこの種類の銃だった。
「もっと他に在庫はあるか? あるなら全部持ってきてくれ」
「はい、すぐご用意します」
彼はカウンターに並べられた銃を1つずつ検めては、細部の細部に至るまでじっくりと全てを確かめていく。今までとは違うその様子に恋人も緊張していたが、最後までレオンが彼女にそれを構えさせることはなかった。あくまでも銃を選定する権利を有するのは彼であり、これはそんな条件の上で成り立っている品定めなのだ。
「これだ。こいつをもらう」
「どうもありがとうございます」
正午をいくらか過ぎた頃、求めた銃を探し出した男は店主に向けてそう言った。シャンティを制し支払いを済ませて手早くその店を出ると、レオンは彼女の手を引いて人のあふれる通りを歩き出す。
「レオン……っレオン! あなたに買ってもらうなんて、私」
「俺が選ぶと言ったはずだぜ。文句も言わんという約束だ」
律儀な性質のシャンティは戸惑いつつも必死に訴えるが、ようやくいつもの調子を取り戻した彼には通用しない。そのまま静かな路地へ彼女を伴い足を向けたレオンは、辺りに不審な気配や人影がないのを確かめた後で、ジャケットの内側に吊っていた値の張る銃を表に出した。
「!」
改めて目にするそれは美しく輝く銀の銃身に、見事な蔦の刻印が施されている洒脱な1品だ。世が世なら貴婦人が手提げの中にでも忍ばせているような、量産品とは一味違う気品と優雅さを持っている。精巧な芸術品にも似た銃にシャンティは目を奪われ、そんな彼女を眺める恋人は心なしか満足そうだ。そしてレオンは短銃のグリップを相手に向けて差し出すと、今まで明かさなかった3つ目の条件をついに口にする。
「さて、こいつを渡す前に最後の条件を聞いてもらう」
「はい」
「じゃあ言うが、“この銃を絶対に撃たないこと”だ」
「!?」
銃を受け取ろうと伸ばされた指先が触れる一瞬前に、理不尽な条件を聞いた彼女の身体はぴたりと止まった。くっくっと笑いながら男は銃を持った腕をひょいと上げ、シャンティでは届かないところへと戦利品を逃してしまう。一杯食わされたことを知った彼女は口を開いては閉じ、何かを言おうとしてはやめるということを繰り返していたが、信じられないという目でレオンを見上げると不服げに言った。
「だって――だって、じゃあ」
「嫌なら渡さん、それだけだ。それに俺が引き受けたのは銃を見繕うってことだけだぜ。扱いまで教えると言った覚えはない、忘れてくれるなよ」
「……っ、そんな、狡い!」
「ああそうさ、何とでも言いな」
再び銃をしまった男は腕を伸ばし恋人を捕らえ、形だけでも抗おうとする彼女を抱きしめて閉じ込める。
「これでもだいぶ譲ってるんだぞ。本当はお前にこんなもんは絶対に持たせたかないんだ」
耳元でそう告げるとシャンティは頬を染め大人しくなるが、まだレオンの背にその手を自ら回そうとまではしなかった。頑固な上に強情、だがそれも全てわかっていたことだ。そんな彼女を御すのは途方もない苦労を伴うだろうが、荒野の雌馬のような娘を心底愛した男には、それさえも彼を魅了してくれる恋しい一面でしかない。
例え意見が異なろうと、シャンティと敵対することなどきっとレオンにはできないだろう。彼女が愛しいからこそいつでも笑顔でいてほしいのだから。
「いつかお前に言っただろう、俺はお前の代わりにこいつを使うためにここにいるってな。だが俺にもしものことがあれば、その時は――」
「嫌です、やめて!」
“その時”のためにシャンティにも一通りの扱いを教える、そう言おうとした用心棒を鋭く遮った恋人は、潤んだ眸に恐れを滲ませながらレオンの腕を掴む。
「そんなことがあればもう銃なんて要りません。私は――」
彼女はそこで辛さのあまりか顔を伏せて口を噤んだが、もう1度目を上げると震える声で続く言葉を紡いだ。
「あなたが大切なんです。お願い、そんなことは言わないで」
シャンティの細い腕で縋りつくように切なく抱きしめられ、彼は愛しさのあまり間を置かずに深く唇を重ねる。身も心も結ばれたからこそアラステアは酷く恐ろしく、迫り来る危機への不安は果てしなく広がってしまうものだ。しかしもしもその恐怖を打ち破れるものがあるとするならば、それはきっと今感じているお互いの温もりの他にない。何より護らねばならない、自分の命よりも大切だと迷いなく言える相手しか。
「レオン……私、あなたが」
慈しむようなキスを終え、そっと男の胸に寄り添った恋人は儚げに囁く。
「……あなたが好きなんです……」
レオンは魂を満たすその言葉にシャンティをかき抱くと、同じ想いを込めた口づけでもう1度唇をふさいだ。