「ずいぶんと時間がかかっちまったな、悪かった」

 微調整を終えたレオンは汚れた手を洗いながら振り向く。時計を見やればもはや時刻は深夜を回ろうとしていたが、シャンティはなぜかその時間を全く長いと思わなかった。旅立ってすぐの頃、通り雨に降られた一夜のように、ランプの影が色濃く落ちる彫りの深い目元を見ていれば、時間などいくらあろうと瞬く間に過ぎ去ってしまうものだ。淀みなく作業を進めていく彼の手は美しくさえあり、ミス1つ犯さず再び銃を組み立てていくその姿は、数え切れないほど同じことをしてきた過去を教えてくれる。
 自分の身は自分で護る、それが荒野を生きる掟だと疑う者などいないだろう。そうして生きてきた男は今こうして彼女に腕を伸ばし、なめらかな頬に触れ、小さな音を立てて唇を重ね合わせると耳元で囁いた。

「もうお前の部屋に戻るか? それとも……まだここにいるか?」

 その瞬間に彼に触れられたままの頬が酷く熱くなり、そんな気分にはなれそうもなかった身体の奥に火が灯る。アラステアが牧場を訪れてはシャンティに言い寄った夜、彼女はいつも寝台の上で声を殺し泣いていたものだ。しかし今は優しい口づけでシャンティの魂を慰め、またそれを自らの望みとしてくれる恋人がここにいる。その手を離さねばならない日が刻一刻と迫っていても、こんな夜に温もりを求めずいることなど誰ができるだろう。求められ、安心したい。抱きしめられ、愛されたい。恐れることなどないのだと、その身体で信じさせてほしい。
 それができるただ1人の男は黒い目を切なげに細め、胸の奥を震わせるような熱っぽい声で言葉を紡ぐ。

「……ここにいろよ、シャンティ」

 強く抱かれて告げられた懇願はついに彼女を頷かせ、いつにも増して情熱を秘めたキスがその選択に応えた。
 レオンは柔らかい唇を自身の舌先で割り開くと、シャンティのそれにゆっくりと絡め、吸い付き、味わっていく。彼女が戸惑う素振りを見せたら身を引くつもりでいたのだが、いざこうして触れてしまえば後戻りするのは至難の業だ。2人が初めて結ばれた夜からはもう10日も経っていて、めくるめくようなランスバックの鮮烈な記憶が蘇る。あの夜の交わりはどんな経験にも勝る歓びに満ち、魂が溶け合い混じり合うような幸福は忘れられない。
 そしてシャンティをこの世界の誰よりも愛しているからこそ、どんな理由であれ他の男で悩んでほしくなどなかった。この夜の間だけでも不安を忘れさせてやれるのならば、彼という恋人だけに許される親密な手段を用い、相手の心を慰めることに何の異論があるだろうか?

「そんなに……見ない、で」

 そっと組み敷いたシャンティの胸元に並んだ釦を外し、服と下着を脱がせば待ち焦がれた肢体にはっと息を呑む。レオンは消え入りそうな彼女の小さな声が耳に届いて、初めてその裸身をまじまじと見つめていたことに気づいたが、かくも麗しい身体から視線を引き剥がすのは難しい。羞恥のあまりシャンティが身を捩れば胸が誘うように揺れ、男の中で言葉にならない何かがいくつも弾けていく。

「シャンティ……!」

 その名を呼ばずにはいられない。大きな手の中で形を変える膨らみは酷く温かく、緊張のためか少し早い彼女の確かな鼓動を伝え、これが夢でも幻でもないことをレオンに教えてくれる。快感を引き出すように恋人の豊かな胸を揉みしだき、またそこへ顔を埋めつつ、手早く服を脱いだ彼は自分を抑えるのに必死だった。意識して理性を繋ぎ止めておかなければきっとすぐにでも、あふれ出す欲望のままにシャンティを貪ってしまいそうだ。2周りも歳下の女にこうも容易く溺れてしまう、そんな自分の余裕のなさを気まずく思わなくもないのだが、口づけを1つ交わす毎に募っていく想いには勝てない。
 優しく大事にしてやりたい、だが同時に激しく愛したい。レオンは相反するその2つの間で葛藤しながらも、他の誰の目にも触れない場所へ紅い痕を1つ残した。

「……っ!」

 うら若い恋人の細い指が不意に男の背中を撫で、肌が粟立つほどの欲望が彼の身をぞくりと震わせる。彼女も完全に受身でいるのは決まりが悪いのだろうか、はたまたシャンティもレオンに触れたいと思ってくれているのか。こちらからのキスに情熱的に応えてくれるだけではなく、愛撫を続ける彼の身体にも柔らかい手が滑っていく。そしてそれが徐々に下腹部へと下がってきたのを感じた時、レオンはやはりその先の行為を望まずにはいられなかった。硬く締まった腿の内側へ躊躇いがちな指先が触れ、狂おしいもどかしさに滾るような情欲は一層募る。いっそ直接触ってくれればこの飢えも満たされるだろうが、彼女の手を掴みそこへ導けばきっと恐がられてしまう……。

「――う、っ!」

 しかし彼が必死で打開策を探し求めていたその時、張り詰めた自身に触れられてレオンは思わず声を漏らした。鳶色の眸は恐る恐る相手の表情を窺うが、しっとりとした掌は男の形を辿るように動き、緩い刺激は逆に焦らされてでもいるかのように悩ましい。繊細な彼女の指先がレオンの括れた部分をさすり、先端から滲み出たものは幹を伝いゆっくり垂れていく。根元からその先端まで、甘美な拷問を与えられてはとてもたまったものではない。

「シャン、ティ」
「あなたも……気持ちいい、ですか……?」
「……っあぁ……あ、くそ……っ!」

 自らの欲望の雫が相手の華奢な手を濡らしている、この何とも淫らな光景に彼は頭が真っ白になる。もしも今口を開けば情けない声しか出てきそうになく、レオンは歯を食いしばり快感に耐えることしかできずにいた。このままシャンティの為すがままにされていたいような気もするが、その場合そう遠からぬ時に全てを放ってしまうだろう。そんな姿を晒してしまえば男としてとても瀬が立たない。いくら1週間以上お預けを食っていた状態にせよ、こんなにも早く追い込まれてしまうとは何とも予想外だ。

“おい……まだ出す気はないぜ。せめて中に挿れてからだろ”

 もはや一晩のうちにそう何度もできる歳ではない以上、1度の交わりに費やせる技術は若い頃よりも多い。主導権を取り戻しておくにはそろそろいい頃合いだろう。

「レオン……っ、あ!」

 出し抜けに秘められた蕾を男の指でさっと掠められ、甘く呼ばれたその名の終わりは彼女の喘ぎ声に変わった。形勢逆転の機会に小さく口角を上げたレオンは、濡れた溝へ自らの長い指を少しずつ沈み込ませる。シャンティのとろける蜜をかき混ぜるほどに生まれる水音は、乱れて上がった息の合間にもなぜか不思議とよく聞こえた。

「攻守交代だ。こんなにしてもらった礼をせんとな」
「そ、んな」
「覚悟しとけよ」
「――っん!」

 誘惑に満ちた深いキス。既に熱く張り詰めた場所は脈を打つ度に痛むほどだが、1つに交わる前にもっと恋人を感じさせておきたい。無法者がもたらす恐怖と不安に怯えて過ごす代わりに、愛情で満たされた心地良い眠りに就かせてやりたいのだ。黒髪の男とてできる限り加減はするつもりでいるが、経験の浅い彼女を慣らしておくに越したことはないだろう。
 レオンはぴんと尖ったシャンティの胸の先をじっくりと舐め、時折そこを口に含んでは舌先で柔らかく転がす。増やされた指は彼女の身体の中をまさぐるように動き、くちゅくちゅと響く淫らな音は互いの耳にも届くほどだ。その身に触れる細い脚ががくがくと震えているのに気づき、額に汗した男は知る――ついに時が満ちたことを。