細い月が輝く夜中、部屋の扉が叩かれる微かな音が確かに耳に響く。ドアノブに手を伸ばしたシャンティは不思議な懐かしさを覚え、それがなぜかに思い至るとどこか切なげな笑みを浮かべた。
“あの時と同じね……レオンと初めて出逢った時と”
遥か彼方の生まれ故郷、母屋の台所から外へと通じる裏口を開けたのは、今から遡ること3ヶ月半も前の出来事になる。そうしてめぐり逢った相手をこんなにも愛してしまうなどと、その時はもちろんほんの少しでさえ思いもしなかっただろう。だが自分の全てを捧げ、何もかもを許すに値する世界に1人だけの相手が、レオン・ブラッドリーであると既に彼女ははっきり知っている。例えこの先どれほど過酷な運命が待ち受けていようと、それすらも共にできると覚悟を決めさせてくれたパートナー。そんな人物は後にも先にも彼しかいないということを、レオンと一緒に過ごした時間は確かに教えてくれていた――偶然と必然とが生んだ片道限りの旅の間に。
「……レオン?」
「紳士は許可なくレディの部屋に入ったりしないって言うだろ?」
ドアより先に足を踏み入れない恋人へと声をかければ、男は悪戯っぽく片目を閉じてシャンティにそう答える。思わず笑顔を浮かべた彼女はレオンを中へと招き入れ、音を立てずに鍵をかけると彼の胸へすぐさま飛び込んだ。しっかりと抱き留められるや否や舞い降りる甘い口づけに、既に愛し合う歓びを知る身体の奥が疼き始める。そんな幸福を教えてくれた相手の男の大きな手は、繰り返されるキスの間もゆっくりと栗色の髪を撫で、その幸福な心地良さは到底言葉になどできはしない。
「……シャンティ……」
耳元を擽る恋人の吐息の何と熱いことだろう。そのまま耳をかぷりと食まれ、柔らかな舌が形を確かめるようにゆっくり這わされる。シャンティは睫毛を震わせて恍惚のため息を零したが、そんな彼女を見つめるレオンの黒曜石のような眸は、蝋燭のほのかな光を受けて濡れたように輝いていた。
あと1週間もすればフォートヴィルに辿り着けると言うのに、ここから先は桁違いの危険と緊張を伴う道だ。次に片眼の死神とこの荒野のどこかで向かい合う時、敵か味方かどちらかの誰かが必ずその命を落とす。自分が仲間にとって弱みであることを承知していながら、それでもなお旅の最後までついて行くと決断した以上、シャンティはどんな残酷な運命にも決して目を逸らさず、覚悟を決めて残りの行程に臨まなければならなかった。そして例え最大の難関を無事に突破できたとしても、こうして口づけを交わす相手と別れる時は迫っている……。
「シャンティ、そう心配するな。俺は最後までお前の傍をこれっぽっちも離れやしない」
どこか辛そうな声で告げられたその言葉に顔を上げると、男は複雑なまなざしで恋人の様子を見つめていた。
「必ずお前をフォートヴィルまで連れていってやると言っただろ? だからそんな不安そうな顔をこの先ずっとしてくれるなよ」
近づく別離に潤む眸を敵への恐怖と捉えたのか、レオンは壊れ物でも扱うかのように彼女を抱き寄せる。だからこそシャンティは涙の真実の意味を知られぬように、自ら相手に頬を寄せ温もりを求めずにはいられない。縋るように腕を回しキスを交わしながらその先をせがむ。彼と肌を合わせられる最後の夜は始まったばかりでも、疎かにするにはあまりにも短いものでしかないのだから。
「レオン……!」
はだけた胸元から差し入れられた手がなめらかな肌に触れ、柔らかな双丘を愛撫される毎に娘の息が上がる。恋人の表情にはまだ余裕さえ感じられるというのに、こんなにも早く追い詰められてしまうのも経験の差故か。
抱き上げられベッドへ降ろされたシャンティは口づけの合間に、未だきっちりと着込まれた彼のシャツへとその指をかけたが、レオンは釦を外そうとする両手を軽々と捕らえると、優しくシーツの上に押さえつけて恋人の自由を奪う。黒髪の男は目を丸くしているシャンティに苦笑すると、栗色の髪をひと撫でしながらからかうような声で言った。
「シャンティ、そう急かしなさんな。まだ時間はたっぷりあるだろう?」
「でも――っ、ん!」
たわわな胸に顔を埋めたレオンに頂を甘く噛まれ、彼女は鋭い快感に強く目を瞑らずにはいられない。夜が明けるまではできる限り長く睦み合っていたいのに、こんな風に攻められれば今すぐ愛してほしくなってしまう。その想いが顔に出ていたのか彼は満足げに目を細め、シャンティの腕が辛うじて通されていた寝衣を脱がせると、匂い立つような彼女の肢体をしみじみと眺めて呟く。
「綺麗だな……お前は」
告げられた言葉を若い娘が嬉しく思わぬはずもなく、シャンティはレオンを引き寄せると感謝を込めてキスを贈った。乾いた土と茂った草、そして眩しい太陽の匂い。硬く引き締まった恋人の身体から感じられるそれらは、彼女が長年恋い焦がれていた終わりない荒野と同じだ。幼い頃からずっと夢に見ていた広く果てのない大地、だがこんなにも惹かれたのはもしかしたらいつの日かめぐり逢う、レオン・ブラッドリーという男に似ていたからなのかもしれない。
「んんっ……!」
爪先からゆっくりと脚を撫で上げていく掌は熱く、抱え上げられた踵の下には彼の口づけが落とされる。髭をあたったばかりの恋人の頬がふくらはぎを滑ると、膝の裏を緩やかに舐めた舌先は濡れた線を描いた。レオンは脚の付け根に向かって少しずつ唇で触れつつ、相手の反応の1つ1つを見逃さずに確かめていく。シャンティは痺れるような快感に身悶えんばかりだったが、密接な関係を示す紅い印を刻まれた時には、必死に抑えようとした努力も空しく嬌声が零れた。
緊張のあまり強張ってしまった初めての時とは違い、今夜の彼女の蜜壺は十分すぎるほど潤っている。シャンティの脚を左右に開かせた彼はそこへと口をつけ、そのまま戸惑う暇も与えず恋人の雫を味わった。鋭敏な耳を犯すような水音、男の熱い舌。脚の間に感じる髪の感触、呼吸に混じる喘ぎ。そのどれもがシャンティを快楽の嵐の中心に追い立て、何とか踏み留まろうとしている背を一斉に押しにかかる。糸の切れた凧のように天高く舞い上がってしまいそうな、あるいはどこまでも落ちていってしまいそうな知らない感覚。今までとは桁違いの快感が逆に恐くなってしまう。
「や……っレオ、ン……!」
彼女は無意識のうちにその波から逃れようとするものの、ぐっと腰を押さえつけたままの恋人の手はびくともしない。身体の中に挿れられた舌により深い場所まで弄られ、娘は足元の土台が崩れていく幻想に囚われる。いつしかぴんと伸ばされたシャンティの爪先は小さく震え、レオンの肩を掴んだ手には我知らず力が入っていた。
「恐がらなくていい、そのままいっちまいな……」
「――っ!!」
その瞬間、張り詰めていた蕾を恋人に強く吸われ、栗色の髪の娘の意識は白く弾けて千々に消える。自分が目を開いていたのかどうかさえもはや定かではなく、心臓が狂ったように脈打っていたのを感じてはいたが、後から彼が満ち足りた顔で語ってくれたところによれば、しばらくは返事もできないような状態のままでいたらしい。
再び強く抱きしめられ、何度も唇を重ねた彼女は“その時”が来たことを知る。男は情熱の炎が燻るまなざしで女を見ると、もう1度口づける間際に低く掠れた声で囁いた。
「さあ、期待に応える時間だ」