それから3日後、ウィリアムは友人のジェレミーに誘われてクラブハウスでカードに興じていた。この手の遊びには滅法強いルウェリン伯爵が連敗を喫しているのは運の巡りがよくないこともあるが、手持ちの札に集中できていないことが何より大きかっただろう。幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあるボーモント子爵ジェレミー・ハイラントは当然それに気づいており、ゲームを切り上げ手にした賭け金をまとめるとワインを2人分注文した。

「ウィル、君らしくないな。最近は一体どうしたんだ? 毎晩のように“真面目”な場所に顔を出しているそうじゃないか」

 ウィリアムは運ばれてきたグラスに口をつけながらそう切り出した友人を見やる。かつては彼と共に王都の女性を追いかけ追われる立場だったジェレミーも、10年ほど前に身を固めた後はカードをたまに嗜む程度だ。自分と同い歳だというのに彼は今や3児の父であり、その差を改めて鑑みれば眉間に皺の1つも寄ろうというものだろう。

「今夜はベルモント、アッシュベリー、ルーテルでパーティーが開かれてるな。さて、君の心はどこに飛んでいるやら……」

 ルーテルだ、と答えそうなところを堪えてウィリアムは再びワインを飲み下す。彼の持つ情報網を持ってすればアンヌが出席するパーティーを調べることなど造作もない。だが狙いすましたようにその場にだけ姿を表せばおっとりとしたブライトン夫人までもがさすがに意図に気づくだろうし、そうなればどんな結果を招くことになるかは想像するに難くない。それを避けるためにはアンヌがいない場にも敢えて顔を出し、いる場合でもわざわざ到着予定の時間をずらし、時にはこうしてクラブで過ごすことで単なる気まぐれという建前を装わねばならなかった。
 だが――。

「まあいいさ。しかし君とは長い付き合いだから率直に言うが、今のようにぼうっとしたままそういう場に出ているとまずいことになるぞ」
「……まずいこと?」
「今まで君が足繁く通っていたような場所と今年になって君が訪れている場所は目的が違う。当然わかってやっているんだろうが」

 主催者によってパーティーの傾向にも差があり、ただ単に仲の良い者が集まり楽しむものもあれば割り切った大人同士の関係を探すもの、また真剣に結婚相手を探すために設けられているようなものもある。どちらかと言わずとも前2つに赴く率の高かったウィリアムが最後の1つに現れる、その行動自体が人々の驚きを呼んでしまうのは仕方がない。

「だからこそ君がついに年貢を収める気になったのかと思い始めた淑女方も増えてきた。そろそろヴァネッサが本格的に君を狩りにやってくる」
「……何だって?」

 アンヌと出逢ってから先、しばらく忘れ去っていた名前を出されてウィリアムは顔を顰める。この3年ほどの間、その首に縄をかけてでも教会へ連れて行きたいとばかりに彼を追い回していたエルストン伯爵家の娘――ようやく彼女のことを思い出し、ウィリアムは心底嫌そうなため息をついた。

「誰よりも君の妻に収まりたい彼女が最近ずいぶんおとなしいとは思わなかったのか? 少し露出を控えることで君の気を惹こうとでも思ったんだろうが、その間に君がクーデル家やオルランド家のパーティーに参加し始めたのを知って歯嚙みせんばかりだろうな」
「つまり何が言いたいんだ、ジェレミー」
「ルウェリン伯爵と他の者は違う。君がそういう場に現れるということは、ようやく結婚する気になりましたと旗にでも書いて振り回しているようなものだ。数年来あれだけ君を悩ませている相手を忘れられるほど気が抜けているのなら、彼女との結婚という牢獄に追い込まれるのも時間の問題なんじゃないか」
「冗談じゃない!」

 思わずそう叫んで立ち上がったウィリアムを周りが一体何事かと振り向くが、彼は気まずい気分で再び腰を下ろすと声を潜めて問い返す。

「どうしてそうなるんだ……ヴァネッサと結婚するくらいなら私の代で家を途絶えさせる方がいい」
「だから君が真面目な場所に姿を見せるという偉業はそれほどまでに一大事だってことさ。最後の大物独身貴族と呼ばれるルウェリン伯爵の名は伊達じゃない」
「そうは言うが、私は付き合った相手にはいつも誠実だったつもりだ。同時に複数だとか、夫のいる相手に手を出すこともなかったし、別れる時に揉めたことだってないのは君も知っているだろう」
「ああ、だがその中の誰とも半年と続かなかったのもまた純然たる事実だ。アクセサリーのように君を見せびらかしたり、これ幸いと物をねだったり、資産の桁がいかほどかばかりに興味を持たれれば同情も禁じ得ないがね」

 付き合った女性の数こそ多くとも、本当の意味でウィリアムを知ろうとしてくれた相手は誰もいない。いくらこちらが努力をしてみたところで、退屈な田舎の生活などには爪の先ほどの興味も抱いてはくれないのだ。それが常に領地を誇りとするウィリアムをどれほど落胆させてきたのかなど、別れた女性たちが気づくことはこの先もきっとないのだろう。だからこそ彼はアンヌが楽しそうに故郷での生活を、人々の暮らしを語る姿にどうしようもなく惹かれたのだ――尤も、彼女がいつかのパーティーでそれを話していたのは学業も終わりきらない準男爵の息子に対してだったが。

「しかしプレイボーイの仮面の下に隠されているロマンチストな面を知っている私としては、今期の君に注目しないなんてどだい不可能さ。世間はカッセル侯爵やオルコット伯爵の娘あたりを推しているようだが、私の予想は――」

 そこで言葉を切ったジェレミーの顔に確信に満ちた微笑が浮かぶのを見て、ウィリアムは長年の友人が秘密を見抜いているということに気づいた。

「まあ、今の段階でそれに気づける者は他にはいないと自負しているよ。だが君が今のままの生活を続けていれば思い当たる者も増えないとは言えないぞ」
「……どうしてわかった?」

 絞り出すようにしてそう聞いたウィリアムの肩をジェレミーは軽く叩く。

「もう何年も誰かと別れる度に君は理想の女性像を語っていただろう。そしてそれに当てはまりそうな人物が現れると同時に君が襟を正したとなれば、勘繰るなと言う方が難しい」
「そんなにわかりやすく行動しているつもりはなかったんだがな」
「40年来の友の目をそう簡単に欺けるとは思わないでくれ。しかし君は変に根が真面目だからか、カムフラージュがどうにもうまくないな。きっちり7日に1度逢えるようにしているのは計算式でも書いているのか?」
「……!」

 その言葉はウィリアムにとってはこれ以上なく決定的なもので、友人が意中の相手をアンヌと知っていることはもはや一片の疑いもない。だが何と言われようと“真面目”な場所に足を運ぶのを止められないことだけははっきりしている。彼女がそこにしか現れない以上、危険を省みず飛び込んでいくしかアンヌを垣間見ることはできないのだ。そして週に1度はその姿を見られるように何とか計らっているのも、毎日でも逢いたいというところを断腸の思いで耐え忍んでいる。ジェレミーこそ燃え上がるような恋の結果たった3ヶ月で結婚してしまったというのに、なぜこの想いをわかってくれないのだろう。

「我が友人、そう落ち込むな。エミリアも私も君が本気なら協力することは吝かじゃない。私の妻がリッジウェイ伯爵夫人と同じ編み物教室に通っていることを君は必ず感謝することになる」

 そしてジェレミーはウィリアムのポケットから巻き上げた賭け金を気前よく費やし、友人がついに本当の恋をしたことへの祝杯をもう1杯注文した。