女性としてこの世に生まれた時から常にその身に備わっていたものだというのに、時間をかけて慣らされた後でも初めて感じる痛みは鋭い。実際にはすぐだったのだろう挿入はいつまでも終わらないように長く感じたが、それでもアンヌが耐えられたのはウィリアムが彼女をずっと抱きしめてくれていたからだ。
 彼の腕に抱きかかえられて屋敷のあるじの部屋へとやってきた時、心の中は大きな期待と微かな不安でいっぱいだった。しかしその決意を後悔しようもないほど想いのあふれる愛撫を受けて、アンヌは自らの手がウィリアムに触れているということに大きな喜びを感じていた。

「……これで、私たちは1つになったよ」

 そう告げた彼は何かを耐え忍ぶような表情のまま、それでも幸福をはっきりと灰緑の目に宿して温かくこちらを見つめている。その言葉が耳に届いた瞬間、アンヌは何かとても崇高で正しく、そうすべきことを成し遂げたような感慨を覚えた。全てはこの時のためにあったようにさえ思えた――ウィリアムと結ばれるこの瞬間のために。

「ウィリアム……さま……」

 このままたくさん愛してほしい。伸ばした指先で彼の頬に触れれば何とも眩しそうに微笑まれ、アンヌの想いはもはや自分でも止められないほど強くなる。

「嬉しい、です。あなたと……愛するあなたと、こうして全てを分かち合えることが」

 胸の奥から湧き上がる愛しさは鼓動に乗って広がっていき、呼び覚まされたばかりの新たな感覚はもどかしく身体を駆け巡る。それがこれ以上は耐えられないほどまで彼女の中で高まったその時、長らくアンヌの反応を見守っていたウィリアムはついにその身を微かに引いた。

「――っん!」

 小さな嬌声はほのかな苦痛の存在を確かに示してはいたが、それ以上に彼女は自分が感じた大きな快感に目を瞬かせる。それに気づいた恋人はたまらなく嬉しそうな、安心したような表情を浮かべて重ねるだけのキスを贈ると言った。

「どうしても苦しければ教えてくれ。だがもしそうでなければ……」

 たまらなく艶めいた囁き声を紡ぎ出す唇がアンヌの耳にそっと触れる。

「……愛させてくれ。私がどれほどこの時を待ち望んでいたか、少しでも君に伝わるように」

 そこから先に待っていたのは蜜のように甘い恋人たちの時間。口づけられ、抱きしめられ、身体中にくまなく触れられ、もっと深くまで繋がるように2人は何度も睦み合う。アンヌが彼を求めるように、ウィリアムもまた彼女を求めてくれる――同じ歓びを一緒に分かち合っていることを教えてくれる。心から惹かれ合った相手に愛されて迎えることができた初めての夜、その感動は誰かに語ろうと思ったところでとても言葉になどなりはしない。アンヌの秘所は深い抽送に合わせて抱きしめるように鋭く締まり、真心を寄せたただ1人の相手に1番奥までその身を開いた。

「ああ……アンヌ……!」

 縋るような熱い囁きに頭が真っ白になる直前、彼女はウィリアムの口づけを求めて初めて自ら唇を重ねる。燃えるようなキスに震えるアンヌの深いところであらゆる愛しさと快楽が弾け、幾度も脈打たれ、流れ込み……それでいて決して儚く消えはしない。

「ウィリアム、さま」
「アンヌ……」

 グレーがかった緑の眸は涙さえ滲んだまなざしを恋人に向け、彼女を抱きしめていたウィリアムの手は蜂蜜色の髪を梳く。

「ずっと一緒だ。今までも――そして、これからも」
「!」

 その囁きにアンヌの頬を幾筋もの涙が伝っていくが、いつもならば慌ててそれを拭う恋人は幸福そうな笑顔を浮かべたままだ。

「……はい!」

 涙を零しながら何度も頷くカッシング子爵令嬢の背を、結ばれたばかりのルウェリン伯爵はいつまでも優しく抱いていた。

「……リー。マリー……?」
「ア、アンヌさま!?」

 ――その翌日。がばっと音がしそうな勢いで身を起こした侍女はしかし、ずきりと鈍く痛む頭に思わず手を当てると顔を顰める。

「急に起きると危ないわ。お医者さまからいただいた薬を持ってきただけだから、まだ横になっていて」
「アンヌさま、私……?」

 何が起こったのか全くわからないという様子の彼女にアンヌは苦笑しながら言った。

「マリー、私があんなに言ったにもかかわらずお庭の桃を食べたのね。あれは強いお酒のようになっていたからそのままもがずにいたそうよ」
「!」
「何度呼んでも目を覚まさないからびっくりしたの。私は狼狽えるばかりだったけれど、ウィリアムさまがすぐ適切に対処してくださったわ」

 それを聞くとただでさえ良くないマリーの顔色は土気色になり、毛布を握るその手は傍目にわかるほど大きく震えている。見ているこちらが可哀想になるほど落ち込む彼女を気の毒に思い、アンヌは粉薬と冷たい水の入ったグラスの乗った盆を差し出した。

「まだ頭も重いし食欲もないでしょう。起こしたくはなかったけれど、今のうちに薬を飲んでおけば夕食はまた一緒に摂れるはずだから」
「……アンヌさま、今は一体何時になったところなのでしょうか……?」

 目を潤ませる侍女に今更下手な嘘をつくのも忍びなく、アンヌは眩しい冬の陽射しの中で困った様子のまま小声で答えた。

「もうすぐお昼になるところよ。でも私のことは大丈夫だから、具合が良くなるまでは休んでいてね」

 そう言った彼女はがっくりと項垂れるマリーが空白の時間を詮索する前にそそくさと部屋を後にした。真実を知ったところで友人でもある彼女はアンヌを咎めはしないだろうが、止める役目を果たせなかった自分の不甲斐なさを侍女は必ず責めるだろう。お互いのためにも昨夜は何もなかったことにしておいた方がいい。アンヌにとって決して忘れられない思い出の夜となったことは、これから先もウィリアムと2人だけの秘密でいいのだから。

「ウィリアムさま、長い間本当にお世話になりました」

 それから2日後、アンヌは馬車の前で心からの礼を告げていた。ウィリアムは周りがすこぶる機嫌が悪いのではないかと恐れをなすほどに難しい顔でいたが、向かい合った彼女は寒さに頬を赤らめながらも切なく微笑む。

「たくさん手紙を書きます。逢えない間も私のことを忘れないでいただけるように」
「……きっと喜ぶべきなんだろうな。王都で君の旅立ちを見送った時にそう言ったのは私の方だった」

 ため息をついて呟いた彼は悲しげな目をしてアンヌを見つめた。

「帰したくないよ。そんなことができないのはわかっているが」
「ウィリアムさま……」

 そしてその腕に引き寄せられた彼女は恋人の温もりに包まれる。マリーは既に馬車の中で、御者のエドガーは気を遣ってしばしあらぬ方向へと目を向けたままでいてくれた。

「君と離れたくない……だが」

 明るいグリーンの眸は同時に淡いグレーの色を帯び、別離の寂しさを滲ませながらも愛しさを宿したまなざしは温かい。

「次に逢う時はもう離さないよ。ご両親と一緒にここまで来ても、帰りの馬車に君の姿はないはずだからね」

 冬が終わり、春が来れば2人の結婚式はすぐそこだ。あとほんの数ヶ月でいつまでも傍にいられる日がやって来るというのに、それは2人の人生で最も長い数ヶ月になることだろう。

「アンヌ、気をつけて。いつも君を想っている」

 別れの言葉を交わした後も、お互いの身体を引き寄せ合う2人は何度も飽くことなく唇を重ねる。最後のキスが終わるまでの間、恋人たちの逢瀬を邪魔する者は誰もいなかった。